人間って、一人じゃ何もできないんだな

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人間って、一人じゃ何もできないんだな

 ホテルに戻り、俺は疲れたとシングルベッドに腰かけた。  すると、大弥彦が待ち構えていたかのようにして部屋に押し入ってきた。  そして、俺の真正面に立つや、俺の頭の上から思いっ切り、それはもう殴りつける勢いで怒鳴って来たのだ。 「お前は何しにここまで来たんだ!」 「いや、だってさ、言えないよ。ああ、くそ! 言えないよ! 言えないんだよ!」  そう、今回の旅の目的は、虹河の死を、彼の息子に伝える事だ。  でも俺が言えるわけなど無い。  俺は虹河が死んだなんて口にしたくも無いし、まだ認めたくは無いのだ。  だって、ほら、俺の右胸の人面疽、こいつはあれから一度だって目を開けたり喋ったりもしていないんだよ。  あの日に俺が見た光景、あの銀色の式を人面疽が噛み砕いたのは、俺の目の錯覚に違いないんだ。 「お前のその気持ちはわかるよ。人の死を遺族に伝えるのは、この世で一番辛い仕事だもの。でもね、あの子には真実を伝えるべきだ。ついでに、母親にも会ってね、旦那さんは浮気してますよって伝えるべきだ」 「うわあ!話が展開している!え。どうしてそこまで分かったの?情報屋?先輩はホテルの部屋で寝とぼけて幽霊と交信しまくったの?」  痛い。  頭頂部をとても強く叩かれた。 「お前は本気で馬鹿だな。学年順位が五十番以内の可愛いだけじゃない男の子って、中坊時代の肩書は嘘か。やっぱり可愛いだけの男か?」 「ひどいです! 俺が馬鹿になったのは、先輩がガスガス俺を殴るからです!」 「煩い。蠅一匹分の脳みそ死んだぐらいでこんな馬鹿になるか。全く。お前は何にも気が付かなかったのか? 生きてる人間と、死んでいる人間、何も?」  俺はほけっとした顔で大弥彦を見上げた。  俺のその顔が大弥彦にはツボだったのか、彼女は見るからに怒りを納め、うわ、なんと、俺の隣に腰かけたじゃないか! 「先輩、先輩! 一応ここホテル! 駄目です。何もなくとも誤解される距離は男女で取ってはいけません!」  俺は殴られはしなかったが、大弥彦に胸を思いっきり両手で突かれて、勢いよくベッドに押し倒された。  もっと悪い。 「せんぱい!」 「黙れ、この馬鹿子! いいか、これからテストをする。私の質問に答えろ」  俺はベッドに仰向けに転がったまま、脅えながら頭を上下させた。  そして大弥彦は俺が恭順の意を示したというのに、ベッドに転がった俺が起きれないように両手をついている、という姿勢を崩さないじゃないか! 「せんぱい?」 「第一問。三人の学ラン中坊は生きている人間か否か!」 「え、生きている人間でしょう。叔父さんって言ってた」 「やっぱり。こいつは駄目だあ。こいつに付けられるナビが必要だ。でないと数か月しないでこいつの葬式に出る破目になるな」 「俺を押し倒しながら、俺のダメ出しを、俺がいないようにしてするのは止めてください。俺の心は張り裂けそうです」  俺は大弥彦に額をパシンと叩かれ、大弥彦は俺から身を起こした。  俺は今のうちにとのそのそと起き上がったが、大弥彦は完全にベッドから離れて立ち上がっていた。  それから、虹河が俺に言うようにして、彼女は俺に言い放ったのだ。 「明日からは私から離れるな。私がお前を守る」  俺の心に反発心が凄くわいたが、俺は大弥彦に頭を下げた。  俺の命は虹河が繋いだものだ。  俺はどんなことをしても生き抜かなければいけないのだ。 「って、浮気話はどうした!」 「ああ、葬式に来た女と、圭君を出迎えた女が違うってだけだ」  ……。 「最初から最後まで、俺を見守って下さっていました?」 「当り前だろ、大弥彦と花房は、」 「持ちつ持たれつですね。ギブアンドテイク。」 「いや、最近はギブギブギブって感じだな。じゃあ寝るからな。お前は私が教えたことをちゃんとやってから寝ろよ?」 「教えたって、やっこさんで結界作れって言っただけじゃないですか! ええ! どうすんですか! どうすればいいのですか! そんな漠然とした言い方じゃわからないです! せんぱい!」 「……術はな、学んで使えるようになるもんじゃないんだ。感覚で覚えていくものだ、わかるか?」 「わかりません」 「この馬鹿が。とりあえず、自分なりにやっておけ。私が隣の部屋にいるんだ。安心して失敗しろ」  これはいざとなったら助けてくれるという、天からのお声であろう。  俺は大弥彦様に両手を合わせて拝んだ。 「ありがたきお言葉」  彼女は俺のそんな振る舞いに鼻を鳴らして笑って見せると、荒々しい足音を立てて部屋から出て行った。  俺は、はあ、と溜息をついてベッドに転がった。 「結界ってそもそも何なのかな?」  ああ、呪術についての使用説明書が欲しい。
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