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お前はどうしたいんだ?
どうして大弥彦には怒るのに、俺にこそ怒らない?
崇継は本当は俺に怒っている?
虹河を殺した事を赦していない?
俺は胸に迫った不安のまま大弥彦に言い返していた。
「え? でも、兄さんは、俺には行ってらっしゃいって。にこやかに。折り紙を折っている時もやめろなんて一言も言わなかった、のに」
「お前が折り紙を使う事が無ければ、ただのゴミ屑になる折り紙でしょうよ? それに、私がお前に余計な事を教える事さえしなければ、よほどのことが無い限り私という人間の傍は術的に安全じゃないか? だから、崇継はお前にはニコニコ優しいお兄さんでいられるの」
「え?」
「あの野郎は、お前にだけは嫌われたくないみたいだな。他の人間には虫けらみたいな扱いをするって言うのに」
「ええ! それは誰? 兄さんはいつも公平でいつも優しいよ?」
「お前こそ誰の話をしているんだ? あれは花房の当主としての英才教育を受けて来た花房そのものの男なんだよ?」
「いや、だって、兄さんは」
虹河の為に虹河のグラスに酒を入れて、毎晩モニター前に置いている。
虹河の部屋を掃除をさせても、そこにあるものを何も動かすなと家政婦に伝えている。
だから、あの部屋は清潔でも、虹河が転がしたボールペンが落ちていたりとか、彼が読んで適当に放ってあった雑誌や新聞がベッドサイドテーブルに置きっぱなしになっていたりする。
「兄さんは虹河さんだけが特別だった?」
「阿呆。お前達二人だけが彼にとって人間なんだよ」
「え?」
「いいか? 崇継が私に怒るのはな、お前が術が使えないことこそ火結を眠らせられるからと考えているからなんだ。火結が完全に目覚めたら英が苦しむことになる。だから、エイをこのままでいさせろって怒るの」
初めて俺をお前じゃ無くちゃんと名前、「エイ」呼びだったけどしてきた大弥彦を、俺は驚きを持ってまじまじと見返してしまっていた。
俺に見返された大弥彦は、少し居心地が悪そうにして俺から目を背けた。
「ハナエ呼びは虹河さんが嫌がっていた。それで崇継はお前をハナブサって呼びたくないって言っている。花房は汚い家だからお前におっかぶせたくないって」
「にいさん」
確かに、崇継は何度も何度も俺に花房を背負わせたくなかったと言っていた。
「それでお前は崇継の意思に従うのか?」
「え?」
大弥彦は再びまっすぐに俺を見つめ返して来たが、いつもと違って切羽詰まった表情も見せていた。
「いいか、エイが花房の親族に狙われて危険なのも事実。だから私はエイに身を守る術ぐらいは覚えさせたい。私はそれを学ぶことこそ火結が目覚めた時に、エイが自分を保って火結を押さえられると信じてもいるの。私は自分が正しいと信じている。私こそ禍津日神を封印できる大弥彦家の当主なのよ?」
大弥彦の目は、俺に自分で選べと言っていた。
崇継は俺に崇継の後ろに隠れることこそ望んでいる。
自分の身を守れるようになるのは、大弥彦の言う通りに崇継の意に反することでしかない。
では、お前はどうしたいのか、と。
俺は?
俺は同じことを以前にも聞かれたと思い出した。
全く同じ。
大弥彦が儀式の事を俺に教えようとしていた時で、崇継がそれを俺に知られたくはないと怒っていると虹河は言い、俺にどうするか決めろと言ったのだ。
「お前はどうしたい?」
虹河の問いに俺は兄の為には何でもすると答えた。
そして彼は俺に大馬鹿野郎と怒鳴った。
怒鳴った彼の言い分は。
「その奴隷根性みたいな言い方が気にくわないんだよ」
儀式のあの日、俺は兄の揺らいだ姿を見ていた。
彼が立っていられたのは、絶対に揺るがない虹河が支えていたからだ。
俺は大きく、ハアと吐息を吐いて、頭をライティングテーブルに打ち付けた。
俺の頭の周囲で、俺が作ったばかりのやっこさんが、ぱらぱらと宙に舞った。
「ちょっと!」
少し痛すぎたと額を押さえながら顔を上げ、もう一度大きく息を吸った。
それから、俺は自分の指導者になる人にしっかりと目を合わせた。
「ごめんなさい。しゃっきりします。俺はあなたを信じます。そして、身を守れるようになって、自分の両足で立ちます」
「よし」
「それで、お願いがあります」
「なんだ?」
「俺は英です。ハナブサと呼んでください。虹河さんは俺にハナブサでいろって言っていた。周りがどうとかじゃなくて、俺がハナブサだから」
大弥彦は両目を輝かせて、再び「よし」と言った。
口元だって綻ばせて、俺は初めて彼女にドキッとしたぐらいの笑顔だった。
「ハナブサ、では迅速に動くわよ。花房家のもう一つの顔、怨霊封じをこの地であなたに教え込んであげるわ」
「はい?」
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