十日前の事件概要

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十日前の事件概要

 さて、俺は笑ってばかりはいられない。  取りあえず、国枝に圭君についての報告を受けねばならないのだ。 「あの、どうぞ、ごぼうが刺さっているベッドですが、椅子が無いので、あの、どうぞ」  国枝は笑顔でベッドに腰かけ、俺にも座るようにと俺に手振りをしたので、俺も今まで座っていた椅子に座った。すると、椅子のない大弥彦がライティングテーブルに腰かけてしまった。  国枝の真正面となり、見下ろす位置である。 「せんぱい」 「ふふ、大弥彦の当主様は虹河びいきだから、俺が大嫌いなんですよ。それから、ハナエ様、そんなにかしこまらなくてもいいですよ」 「ハナエじゃないよ、ハナブサと呼べ!」 「せんぱあい! いや、でも、ええと、その通りでお願いします。あと、虹河さんからあなたが兄の従兄だって聞いていましたので、年長者には、あの」 「ああ、あいつはそこまで教えといて、あなたと俺の邂逅を邪魔していたのですね。独占欲が強い男だ」 「いや、でも、俺があなたに挨拶してもあなたは………」  俺が話しかけても頭を下げるだけで一言も返してくれませんでしたよね、なんて言えるわけはないと言葉を飲み込んだそこで、俺は国枝と親戚であって親戚でないという事実に気が付いてしまった。  国枝は、崇継の母方の従兄、なのである。  俺の母さんは愛人で、俺は隠し子という身の上だった。 「うわああ。すいません。俺と俺の母がすいませんだった!」  国枝はぶっと吹き出した。  吹き出した上に、大笑いしながらベッドに背中を倒したのだ。 「あの」 「いえ。崇継さんがあなたが大事な理由を思い知ったと言いますか、ええ、変わらないでほしいですね。ああ、虹河が俺を近づけたがらなかった訳だ」  え? 虹河こそが彼を牽制していた?  国枝は起き上がり、その時に右手の指で涙を拭う仕草まで見せてくれた。  その涙が笑いの涙で無かったら、なんて考えたら、数秒前の言葉の意味など聞き返せなかった。  大弥彦には、早く本題に入れ、と言う風に左肩を殴られたし! 「あの、それでは教えてください。十日前に何が起きたのか。圭君が悪霊に纏わりつかれているのは何故なのか?」  国枝は俺に微笑み返すと、人でなしな事を言い放った。 「親殺しを計画した圭君に全部聞いた方が早いかも、です」  母親が意識不明で入院中らしい子供に、君がお母さんに毒を盛ったの? なんて尋ねられるはずはない。  そこで俺は事件概要の説明を国枝に求めた。  国枝は、原田家の野菜置き場にあったごぼうが、ごぼうでは無いものになっていた、と簡単に答えた。  俺はベッドのごぼうに振り返り、それから国枝に顔を戻した。 「あれも?」 「ははは。ダチュラってご存じですか? エンゼルトランペット。間違って食べたら天国で天使のラッパが聞けるという、猛毒の園芸種です」 「え。でもあれは、ごぼう、にしか? あんなのを愛でる人が?」 「あれはダチュラの根っこです。似ているでしょう。水仙の葉っぱとニラが似ているからって誤食ニュースが時々あるじゃないですか。そんな感じで、ダチュラの誤食も時々おきますね。水仙よりも強力なアルカロイド系の毒ですので、結果がかなり悲惨ですけど」 「それがどうして圭君の仕業、だと?」 「ダチュラが生えている空き地で、そのダチュラの根を掘り起こしていた所を目撃されていたようですね。本人は違うと言い張っていますが」  俺は国枝の説明に対してありがとうと言った。  彼は花房の施設に圭を引き取る手配も出来ている、とも言ったが、その情報は俺に心配せずに東京に帰れと同義語なので、聞き流した。 「崇継様はあなたの帰京を望んでいますよ?」 「わかってます。兄に心配をかけているという事は。でも、俺は、圭君を守れるなら守りたいんです。自分で」 「ですから、そこは俺達たちがちゃあんとやりますって。信じられませんか?」 「あの、あなたを信じる、信じないでは無くて。ええと、俺は非力だからこそ、ここで頑張って、圭君に憑いている怨霊を退治出来たらと思ってます。いえ、するべきだって、いえ、俺に頑張らせてくださいませんか」  国枝は俺を笑いもしなかった。  だが、額に手を当てて、どうしようかな、と意外と軽い言葉を吐いた。
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