行動開始のベルが鳴る

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行動開始のベルが鳴る

「どうしようかな、もないだろ。わかっただろう?帰れ。ここは大弥彦の案件だ。花房が偉そうに出張るな」  いや、ちょっと待って、大弥彦さん!  今までの大弥彦が俺に対して威圧的でも、こんな人を人と見ないような態度は取った事は無いと彼女を見つめてしまった。  けれども、彼女に威圧されているはずの当の本人は、どこ吹く風のようにして彼女の命令口調など流した。  いやいや、喧嘩を買ったのか? 「大弥彦さん。あなたはイザナギが黄泉のけがれから生み出した禍津日神の大屋毘古(おおやびこ)になれますか? 花房としては、あなたにはスサノオの息子の五十猛神(イタケルノミコト)である大屋毘古のままでいて欲しいのですけどね。我らの大事なナムジ様を預けているのですから」 「私はこいつを守りたいからお前らには出てくるなと言っている。虹河もここにいたら、私と同じことを言うだろう」  国枝と大弥彦はしばし見つめ合い、国枝はふふっと笑い声をあげた。 「虹河は――ですね。では、下がりましょう」  国枝は腰を下ろしていたベッドから立ち上がると、手品のように出したスマートフォンを俺に手渡した。 「あなたが東京に戻るまで俺達はここにおりますから、何かあればご命令を」 「あの。俺もスマートフォンは持っていますよ?」 「これは俺達の見守りサービス付きです」 「――お子様携帯って奴ですね」 「あなたは大事なお子様ですから。受け取って持っていてくださいますか?」  これは、彼なりの譲歩なのだと考えた。  俺が東京に帰らないのを彼が許すための。 「何かあったらこれで国枝さんに連絡します」 「安心しました」  国枝はにっこりと俺に微笑み、その後は、あっさり過ぎるぐらいに部屋をさっさと出て行った。 「バカ子。好き好んであいつらの監視対象になるなんて!」 「うあ!」  大弥彦がテーブルからぴょんと飛び降り、国枝を見送っていた俺の目の前に飛び出して来たのである。 「ごめん。そんなに国枝さんを毛嫌いしているとは思わなかった」 「ハナブサ、お前こそあいつらを毛嫌いするべきだよ?」 「どうして?」 「それは――」 「お嬢様。よそのお宅の事情をべらべら話すものではありません」  羽深(はねづか)が大弥彦を諫めながら、国枝の入れ替わりに部屋に入って来ていた。  定年間近に見える白髪交じりの羽深は、白髪交じりの短い髪を手癖で整えただけみたいにぼさつかせ、いつもよれた灰色のスーツを着ているという、刑事ドラマでは必ずいる万年平刑事そのものの雰囲気の人だ。  ほら、うだつの上がらない見た目と振る舞いながら、主人公を的確なアドバイスで助けるという、渋くて頼りになる人が必ずいるじゃない?  だけど今日の羽深さんは、いつものそんな雰囲気を全部かなぐり捨てて、一目で「鬼刑事」とわかる殺気まで背負っているじゃないか!  彼は俺になど目もくれず、彼が守るべき人にだけしか目に入れていなかった。 「お嬢様。あいつらが出張って来たなら帰りましょう。あいつらとは関わってはいけません」 「黙れ、羽深。お前こそあいつに押し負けるなんざ――」 「アンブの半分が来ています」 「半分もか! あいつはどれだけハナブサに過保護なんだ!」  俺は初めて聞いた、暗部? の台詞に脅えてしまった。  国枝さんは自分が警備部だって言ってたけど、大弥彦達が暗部って言うからには、花房の警備部ってそんな怖い所だったの?  俺よりも花房の家業を知っているらしい大弥彦は、一先ず深呼吸をして気持を落ち着けると、俺の指導員らしく勝手に決めた事を俺に言い放った。 「ハナブサ、聞いただろうが、国枝が出張ったからには、私達は日曜に東京に戻る。怨霊も駆け足で調伏するぞ」  俺は彼女に頷いた。  俺の為に彼女を危険に晒してはいけない。 「はい。暗部なんて、怖いとこですものね。暗部なんて、映画や小説の中だけの話だと思っていました」 「お前は花房のアンブを知っていたのか?」 「え、暗部って言えば、そういう意味でしょう!」  俺の貰ったばかりのお子様携帯が振動し、俺はそれを耳に当てた。 「国枝です。アンブは花房警備部のお客様相談室懸念事案調査調整係の略称です。案件の案に部ですのでお間違いなく」 「誤解という失礼な事をいたしまして申し訳ありませんでした。でもどうして案係(あんけい)とかじゃないんですか?」 「ゴロが悪いからです。そうだ、さっそく崇継様に報告いたしましたが、ハナブサ様の帰京が日曜と聞いて、崇継様は大喜びでしたよ」  俺の返答を待たずに通話は切れた。  俺は大弥彦に目線を動かし、帰京までのカウントが始まったことについて、彼女に笑顔を見せて誤魔化すしかなかった。  誤魔化されるわけはなかったけれど。 「じゃあ、サクサク行こうか。羽深、圭君を確保するにはどこだ?」 「近場までお送りしますよ。昨夜だって声を掛けてくれれば車ぐらい出しましたものを」  そう。  新潟って所は、駅前にしかホテルらしきものはない。  俺達は燕三条駅という新幹線駅から歩いて行ける距離のビジネスホテルに泊まり、圭君が住む地域まで、タクシーを使って往復していたのである。  大弥彦は知らないが、俺は羽深さんの申し出には感謝で一杯だ。  いや、見ていたんなら昨夜も車出してくれよ! そんな気持ちだ。  そうしたら俺は、何人もの大事な福沢諭吉を手放さずに済んだというのに!  正月になると虹河が手渡してくれた、大事な福沢諭吉なんだよ?
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