人の助けなど要らない子供は

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人の助けなど要らない子供は

 圭君に憑いているらしい怨霊の死については思い知らされたが、当の圭の姿が消えていれば守るどころではない。  自分をうつ伏せに潰したままの命の恩人に、俺は声を上げた。 「先輩! 圭君は近くにおりますか!」 「いや。弓月の出現の直ぐ後に、どこぞに駆け去っていったようだ」 「どこぞって、どこですか!」 「私が分かるか! お前を守るのに光明真言を唱えていたのを忘れたか! ついでにお前が何度もふらふら用水路に落ちようとするから、私は圭君どころではなかったじゃないか。役立たずなお前はいい加減に東京に帰れ!」 「わあ! ごめんなさいでした! 自分で考えてみます!」  俺は自分だったらどこに行くだろうかと考えた。  って、ここは新潟。  ついでに言えば、俺は圭君の日常行動だって知らないのだ。  それでは絶対に圭君の行き先など俺が思いつくはずもなく、俺は考え方を変える事にした。  何かを必死に探していた少年が、簡単に探し物を放棄したのはなぜか、だ。  あんなに必死に探していたのに、彼は弓月母子の姿を見かけたことでどこかに駆け去っていった?  弓月の母親でしかない姿を見たことで、幼い彼は病院に入院しているらしい母親を思い出した?  俺はついさっきまで圭がいた土手の斜面を見上げ、本当に彼が転びかけたから彼が草むらにしゃがんだのだろうか? と疑問が湧いた。 「せんぱい。先輩どいて!」  大弥彦の体重が背中から消えるや、俺は圭のいた場所へと殆ど四つん這いで斜面を駆けのぼった。  そして、俺が、そこで見たものは。  草むらの根の方でコロンと転がって存在していた不思議なもの。  薄茶色で丸みのある、胡桃ぐらいの小さな歪なボール、だった。  これか!!  確かに風化した犬のウンチと言えばそう見えるかもしれないが、普通に素人の俺が見ても、これは犬のウンチどころか、不思議な菌類にしか見えない。  薄茶色の表面は一色ではなく、さらに濃い茶色の斑点模様だってあるのだ。  彼女を罵って殺した女教師は、よほど観察眼が鈍いのか、彼女に対して悪意しかなかったのどちらかだろう。 「いや、悪意なんかもなかったのかもな。一番(タチ)の悪い、自分の最悪な気分を弱い者にぶつけただけなのかもしれない。で、ああ!」  俺が見つけたこの菌類の近くには、崩れた破片らしきものもあった。 「圭君は探し物を見つけたから消えたのか。あの子は一体どこに?」  俺は取りあえずキノコの種類を確認しようと思い立った。  スマートフォンでそれを撮影し、その画像でキノコ図鑑を検索した。 「まあ! あの子は本当に誤解される行動ばかりなのね」  俺の後ろから俺のスマートフォンを覗き込んだ大弥彦は、俺があげようとしていた言葉そのものを上げた。  彼が探していたキノコの名称は、ニセショウロ。  毒のあるキノコだ。 「これをどうするんだ?」 ――恨みつらみを固定化できます。 「何の恨みだよ。恨みつらみって、先生に殺された事だけじゃないのか?」  ちゃぷん。  用水路の方から水がはねた音がした。  俺が見る事になった、怨霊となった彼女の最期の場面。  どうして、彼女はこんな場所に教師と出歩いたのだろうか?  あからさまに彼女を面倒そう? 嫌っている? ような教師と? 「ねえ、先輩。先輩って嫌いな先生と二人ボッチでこんな場所に来る? それで、何か見つけたって先生に見せになんて」 「校外学習でしたからね」 「うお!」 「きゃあ」  俺と大弥彦が顔を見合わせたその邪魔をするように、羽深の声が俺達の間を割って入って来たのである。  羽深は俺達を驚かせたことが少々嬉しかったのか、お道化た様にして眉毛を上げ下げして見せたが、すぐに真面目な顔を作ると自分のスマートフォンを俺達に差し出した。 「三十三年前に子供が一人、校外学習中に用水路に落ちて亡くなっています。亡くなった子供の名前は遠野紗都子。教師の静止を振り切って土手を駆けあがって、そして、用水路に落ちたと報告にあります」 「その報告は女教師によるものですか? その教師が殴って、その子が用水路に落ちたというのに」 「そうですね。そう見えましたね。ですが、クラスの子達が全員、勝手に落ちたと証言しています。二十六人の子供達、全員が」 「あの子の恨みつらみ相手はそんなに多いのですね」  ちゃぷん。  再びの水音に、そこで亡くなった霊がそうだと言っているようだった。  羽深は用水路の方へと視線を動かし、哀れだな、と呟いた。 「羽深さん? そこにあの子はずっといるのですか?」 「いいえ。この怨霊は圭君に憑いているものですから、本体は圭君と一緒にいます。あなたを惑わしたのは、単なる足止めでしょう」 「……頭のいい子なんですね。あの子達は、俺よりもずっと。俺は圭君にも足手纏いか」  俺の後頭部に勢いよく大弥彦の手が当たった。  しかし、その手はいつもの手と違って、俺に何の痛みを与えなかった。  虹河が俺の頭を乱暴に撫でる時のような手の置き方なだけだった。 「お前を馬鹿だと私も虹河も叱るがな、いや、私は怒り過ぎかもしれんがな、お前のその、誰かを助けようって取りあえず動いてしまう優しさ、は好きだよ。私も、虹河もな」  大弥彦の優しい言葉に俺こそ驚くばかりだが、羽深がこれでこそ我がお嬢様だという「じいや」の顔を見せていたので俺は冷静に戻れた。  いや、羽深が続けて口にした言葉で、俺は冷静にならざるを得なかったのかもしれない。 「あの幽霊がハナブサ様を何度も襲うのは、自分の時には得られなかった優しさを圭君に与えようとするからでしょうかね」  俺は圭君を追うのを止めた。  俺はよそ者。  馬鹿な優しさをこの土地で発揮しても構わないはずだ。  優しさを得られなかった可哀想な女の子のためだけに。
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