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義憤に駆られた愚者の行動を敢えてとる
いじめ事件が全国放送されたとしよう。
そして、その事件が、加害者の誰も責任を負わないだけだとしたら?
ニュースを見た人間は、きっと誰しも加害者達に、一言ぐらい言ってやりたい気持ちになるものだろう?
俺もその通りだ。
俺はとある一軒の玄関先に立ち、インターフォンを押した。
カメラ付きのインターフォンであるからして、それはきっと録画機能もあるもので、俺は腕に抱いた「遠野紗都子」だけがカメラに映るように抱き直した。
顔がよくわからないが、ヘルメットみたいな髪型の女の子だとわかるように。
「ど、どちらさまで?」
誰も出ないと思ったが、俺の腕にいる少女に脅えたのか、上ずった女性の声がインターフォンから響いた。
「通りがかりです。女の子が用水路に落ちていたので、ええと、救急車を呼んでいただけますか? 俺のスマートフォンは水に濡れてしまって! 学校の先生に殴られて落ちちゃったみたいで、今にも死にそうなんですよ!」
インターフォンの向こうで、息を吸ったひゅうという音が聞こえた。
「い、悪戯はやめてください!」
「悪戯じゃないですよ! 誰も助けようとしなかった女の子を用水路から引き揚げて来たんです! 今度こそ助けていただけませんか! あなたが嘘をついたから、殺されたのに事故で処理された女の子ですよ!」
「いい加減にしてください! そんな大昔の事を言ってどうするんですか!」
殆ど悲鳴のような声がインターフォンからがなり立てられた。
俺は潮時だと少女を抱き直すと、その家の前から走って逃げた。
近くには羽深の運転する車がある。
俺がその車の後部座席に飛び込むと車はすぐに発進し、助手席に座る大弥彦が助手席から身を乗り出して俺を睨んだ。
「お前、そんなことを地道にあと十五軒回ってやるつもりなのか?」
運転席の羽深は、大弥彦の呆れ声に含み笑いの声を上げた。
土手で遠野紗都子の同級生の二十六人の何人かまだこの地にいるのかと尋ねたところ、地元に二十人も残っていると羽深は答えた。
同級生同士で結婚していたりで、俺の来訪標的となる家は十六軒だが、ピンポンダッシュぐらいの嫌がらせならば半日あれば出来るだろう。
俺は腕に抱いた遠野紗都子風人形の腰を抱え、大弥彦に対して人形が上下にひょこひょこ動いて見えるように動かした。
「お兄ちゃんは、可哀想な紗都子ちゃんの死の真実を偽証者に突きつけて回るという、彼らの家庭を壊す使者になるのです!」
「単なる悪戯にしか思われないぞ、きっとな」
「でもねぇ、潔癖世代の中学生男子もリビングにいたのが見えたよ。母さん、今のはどういう意味? って、母親をガンガン追い詰めてくれると思う。頑張れ中学生って感じ」
「なんないなあ、子供は親の鏡って言うだろ? いじめをやる奴の親って、その子供と同じぐらい、いや~な奴だぞ? 常に自分が注目されたいとか、他と違うやつを目の敵にしていたりとかさ。大人だから子供みたいに行動があからさまじゃ無いだけでね、同じだよ?」
「詳しいね」
「私も虐められたからかな。私学じゃない? うち大金持ちじゃない? 寄付金多いじゃない? 大体いじめっ子の方がうちよかグレード低いからね、寄付金逃したくない学校から速攻で呼び出し喰らってね、親共々私に謝ることになるのさ。だけどね、私の仕込んだレコーダでは、奴らが一度たりとも反省した事は無い。もっと糞ムカつくのが、」
「お嬢様、下々の汚い言葉を使わないでください。身が汚れます」
「ごめんなさい。いいこと? 彼らはね、次は気をつけなさいって言うの。相手を見て気をつけなさいってね。肥溜めに落としてやりたいくらいな汚物に感じるでしょう? そんなのが今度は家の力もない普通の家の子を傷つけるかもって考えたら、積極的に学校を出て行ってもらおうと考えない? いいえ、人生から退場して貰っても構わないとお考えにならなくて?」
糞ムカつくの方が尋常だったなと思いながら、俺は大弥彦の噂が噂じゃ無くて真実だったらしいと脅えながら知った。
それでも、彼女のしたことは今の俺と大差ないじゃないか。
彼女だって、次の犠牲者や、他で虐められた子を考えての、義憤からの行動なんだから。
そう言い返そうとしたところで、俺と大弥彦は違うと思い知らされた。
「お前のやり方じゃ、真っ当な子供が親の罪業を背負う形にならないか?」
「あ、そうだね。俺は本当に考え無しだ。」
「あなたは子供ですから仕方が無いですよ。ですがね、就職結婚となった時に、母親の殺人が公になった時の方がダメージが大きいですよ?」
驚いた事に助け舟は羽深だった。
彼は驚いた俺の顔をルームミラーで確認すると、ウフフと笑い、次は遠野紗都子を毎日のように殴っていた男の子の家に行きます、なんて言った。
「羽深さん」
「だって、そのよくできたお人形、色んな人に見せたいじゃないですか!」
俺は自分が仕立てた紗都子ちゃん人形を抱き締めた。
子供型のマネキンは俺の腕の中でカチャリと音を立てた。
トレーナーとカツラとマネキンは金の力で手に入った。
しかし、当時でさえみっともないだけの緑色のろくでもないズボンなんか、ここがどんな田舎町でも売っていなかった。
俺は似たような色合いの布地を買って、家庭科のパジャマ製作を応用して、頑張って二時間でズボンを作り上げたのだ。
金の力に俺が勝てたトロフィーとも言えるかもしれない。
「誰にだっても特技はあるってことか」
大弥彦は小馬鹿にしたようにして鼻を鳴らした。
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