毒になるのは薬である

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毒になるのは薬である

 国枝が口にした言葉に、俺ははふっと息を大きく吸った。  国枝は俺を助けに来たのだ。  そこで俺は彼の言う通りにするべきだと思い、彼の呪によって凍えて重くなった足を持ち上げてバスタブを跨いだ。 「お利口さん。そのまま座っちゃって。それで、顎を上げて天井を見つめて。そうそう。大丈夫。俺に全部任せればいい」  熱いシャワーの湯は俺に降り注いだ。  直接に俺にすぐ湯を被せるのではなく、爪先に当てて俺の身体を湯になじませてから、バスタブの底に着いた手にも湯を当てる。  それから徐々に体の中心へとシャワーを動かしていく。  虹河が動けなくなった兄を湯に入れた時と同じ、相手の体を気遣った丁寧なシャワーの掛け方であった。  国枝も兄の介護をした事があるのだろうか?  俺が兄に引き取られる前には。 「さあ、首筋にかけますよ。少し熱いかな。でもね、うなじを温めると体がすぐに温まるんだよ?」 「熱かったか? 熱い湯をうなじにかけると体が温まるのが早いからな」  国枝の言葉に虹河の言葉が重なり、俺はそこでしゃくり上げてしまった。  けれども国枝は何も言わず、それどころかその後すぐに俺の頭に国枝の指先が差し込まれ、俺の思考さえも思い通りにできるぐらいの快感を与え始めた。  いや、思い出をさらに呼び起こしもした。  あの最後の夜、俺を洗ってくれた虹河の指先の優しさだ。 「さあ、髪の泡を流しますよ。グッと頭を背けて。俺がキスしたくなるぐらいに喉元を見せつけてみようか」 「あなたはそうやって恋人さんの髪も洗ってあげているのですか?」 「十中八九、気持ち悪い男って脅えられて逃げられますけどね」 「あなたはこんなにシャンプーするのが上手なのに。兄にも?」 「いいえ、崇継様の風呂の邪魔をしたら、その場で死刑を言い渡されますよ? 俺のせっかくの特技なのにね。誰も堪能してくれないので、ねえ、ハナブサ様はちゃんと楽しんでくださいよ。でないと俺が可哀想でしょう」  国枝は笑いを含んだ声で答えた。   俺は彼に合わせて笑った。  虹河を失った喪失感を誤魔化せるように。  人面疽に突きつけられた、足元が崩れるような揶揄いから逃れるために。  実の兄に差し出された生贄。  笑ってやり過ごしてしまいたいではないか。  しかし、その一瞬後に、虹河を失った記憶や兄の裏の顔に苛まれるどころか、俺はその全部を忘れるぐらいに国枝に脅えた。  いや、国枝に脅えたは彼に失礼だろう。  国枝は俺の喉元に指先を伸ばしたのだ。  彼が触れるや、俺の首には細い紐が浮かび上がった。  なんと、俺の首筋にあった星野に絞められた跡は、ミミズみたいに細くて小さな赤黒い蛇だった。  国枝は物凄い早業でその蛇を俺の喉から引き剥がすと、その蛇をバスルームの床に叩きつけたのである。  で、ゴキブリにするみたいにして、あっさりと踏んづけた。 「星野の家で憑いていましたね。あんなに呪術者が大勢いて誰も気が付かないとは悲しい話だ。さあ、今度こそ頭の泡を流しますよ。次は背中ですね。俺はマッサージも上手いんで期待してくださいね」  俺は素直に従った。  だって、喉を締め付ける吐き気から、俺は一気に解放されていたのだ。  それに、この呪術者はとても怖い人だ。
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