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今日という日は無駄に長い
星野の家からは泥棒のようにして逃げた。
俺の身守り隊の方々が星野の警察や病院の手配をしてくれるそうだからと、大弥彦も羽深も人でなしのように言い切った。
「これこそアンブな仕事なんだ! 彼らに仕事をさせてやれ!」
大弥彦は本気で酷い。
しかし、俺達の前に現われた三名の案部? な方々は、その通りですからと言って俺の腕に俺の紗都子ちゃん人形を入れ込んだりもした。
結局俺は猿回しの猿みたいに車に乗せられた。
だが、当初の目的こそ俺は果たさねばならないのだ。
俺は気持を立て直すと、いじめっ子の家へのピンポンダッシュ行脚を続けることにした。
続けるんじゃなかった。
俺はあの後五軒の家を巡っただけで、こんな町など隕石でも落ちて滅んでしまえ、と思うようになっていたのである。
俺の出現に過去を思い出して驚きはするが、誰一人として反省もしないし、俺が呼び鈴を押したその人物の親兄弟に、余計な事をするなと怒鳴られて追い返される始末だ。
つい先ほどは、真島夕子といういじめを始めた女の子の家に行ったのだが、その母親に俺は水をぶっかけられた上に怒鳴られたのだ。
「何を言ってんらてな。あれは事故らっけに。大体な、実の親が事故でしたと、ご迷惑かけて申し訳ありませんと頭を下げたんだ。すげえ、迷惑させられたんはこっちらっけね」
子供を亡くした家族に謝罪行脚させたとは!
本当にこの町は腐っている!
俺は義憤に駆られたまま声を上げていた。
「では、あなたの娘が同じ目に遭っても、事故でしたってあなたは許せるって事ですか! あなたも村の人全員に、迷惑かけてすいませんって、頭を下げるんですか! 自分の子供が殺されたのに!」
「自分の子供が殺されたらそんなんするわけ無いだろ! 馬鹿ばかり騒いでないで、帰れ! あの家の奴らは、いらない娘が死んで良かったから良かったんだよ!」
「いらない娘って何だよ! この町はいじめをして子供を殺したことを善意だって思っているのかよ! 滅びろ! こんな町! 滅びてしまえ!」
俺は車の中で、再びの大声を上げていた。
服がびしょぬれでは風邪をひくと今日は強制終了されたのだが、この町の人間の意識改革は十六軒全部回っても無理だろう、と俺もその頃にはわかっていた。
「――俺の独りよがりは独りよがりでしか無くて……。今日は無駄な事に付き合わせてごめん」
「無駄じゃないさ。私は楽しかったから良いんだよ。それにさ、先に言っただろう。子供は親の鏡だって。いじめをする子供の親なんて、そんなもんなんだよ」
俺が落ち込んでいるからか、大弥彦が俺を慰めるように言った。
俺はそんな優しい大弥彦に何も返さず、ただ、腕に抱く人形の頭を、庇うようにして自分の胸に押し付けた。
「目的は圭君に憑りつく怨霊遠野紗都子の浄霊か圭君からの除霊だ。目的は八十パーセントは達成している。お前も捨てたもんじゃないさ」
「え?」
俺は何のことかわからないとルームミラーを覗き込んで、大弥彦ではなく羽深の顔色の方を窺った。
すると彼は俺にウィンクをして寄越すではないか。
「え?」
「はははは。お前はわかんなかったか。途中から遠野紗都子がお前のその人形の中に入ったのさ。生まれて初めて大事に抱いて守って貰えて、ついでに、お前はこの子が死んだのはお前らのせいだって言って回っただろ? 実の親がやってくれなかった事をしてくれたんだ。遠野紗都子はお前の腕の中で泣いている。この後は、お前から離れたくないと怨霊化するか、お前の為に天国に行くか、どちらになるかわからんがな」
俺は人形を抱き直した。
俺の服は濡れていてびちょっとなったが、それでも彼女を抱き締めた。
「良かったよ。俺がした事がこの子をさらに悲しませることにならなくて」
「本当に良かったのかな。お前は遠野紗都子が成仏するまで、大事に大事にその人形を抱いていなきゃいけないんだぞ。うはははは」
「ほら、お嬢様。あなたこそいじめっ子になっていますよ?」
俺は大弥彦と羽深のお陰でほっと気が休まり、憎まれ口を叩く余裕まで出来ていた。
「ねえねえ、女の子だから俺とベッドは一緒にできないよ? 先輩が一緒に寝てあげてよ? それとも、この子の為に先輩も俺のベッドに来る?」
「ば、ばか!」
車内は俺達の明るい笑い声で満たされたが、そのすぐ後に俺のスマートフォンが振動した。
「盗み聞き野郎がいると興が削がれるな」
「せんぱいったら」
俺はスマートフォンを取り出して耳に当てた。
「はい。スピーカ―にしてくれるかな」
挨拶もない国枝の言葉だったが、俺は素直に従った。
「は~い。ハナブサ君守りたいの皆様。術では適わないと知った敵さんが物理的な実力行使に出ました。後五分でダンプカーにインカミングします。羽深さん、頑張って逃げ切って帰って来てちょうだい!」
「お前は何もしないのか!」
羽深のそんな乱暴な言葉使いは初めて聞いた。
俺はびくっとしたのだが、羽深を怒らせた当人はどこ吹く風だった。
「俺はもうホテル。羽深さんほどのお人に、お願いします、はーと、なんて頼まれたら、俺は何でもしますけど?」
「お前は絶対に殺す!」
羽深は一気にアクセルを踏み込み、俺の体は重力を受けた!
後から眩しい光が俺達の車内に降り注ぐ!
ダンプカーのハイビームの光だ!
俺と大弥彦は、うわあああ、と車の中で叫ぶしか出来なかった。
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