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真っ直ぐに
遠野紗都子を殺した担任、田村とし子は今や七十手前という、六十八歳だった。
紗都子の事故(!)によって二年休職したけれども、その後は何事もなく教師として復帰し、退職金を満額貰っての幸せな隠居生活だという。
大人になれなかった紗都子と違い、紗都子と同じ年の娘はしっかり成人し、小学生ぐらいの子供を持つ母となっている。
つまり、子殺しの女は孫や娘に囲まれながら、何食わぬ顔で三十三年間自分一人幸せに生きてきたのである。
彼女に嘘の証言をさせられた二十六人の子供達が十九名に減っていたわけは、国枝が報告してくれた事によると、自殺が三名、県外に逃げて行方知れずが二名、事故死が二名という事だった。
「この村にいる限り生きていける。逆に言えば、この村でしか生きていけなくなった、という事ですよ。外の価値観を知って自分を顧みれば、自分は人殺しに加担した単なる糞野郎になる。外の価値観になど感化されない者だったら、あの星野のようにして外の社会でスポイルされて村に戻って来るしかない」
「でも、主犯は幸せいっぱいなんだな」
俺はやるせない気持のまま呟いた。
そして、俺と手をつなぐ小さな手をぎゅっと握った。
「少し痛いです。それから、上手く動けませんので手は放してください。いいですか、あなたが動くのは僕がお願いしたその時だけですよ?」
俺は圭から手を放し、ほんの少しだけ抗議みたいして唇を尖らせた。
もともと圭は自分一人で始末をつけたかったようなのだ。
「あの子は自分一人で自分を守っていた経験と自負があるからね。難しいぞ」
国枝が圭について話してくれた時の彼のセリフだ。
虹河の遺産? 目当てで母親が原田を連れて圭の住む祖母宅に押しかけ、その日から圭は母親と原田に息の詰まる思いをさせられていたという。
時には病院に運ばれる暴力も受けながら。
そんな不幸の中圭は怨霊の紗都子に出会い、怨霊こそが圭の身の上を自分に重ねて同情したらしいのだ。野菜室のごぼうをダチュラの根に交換したのが、圭を助けたかった怨霊の仕業だったのが真実だ。
だから圭は幽霊を見たり滅したり(知らなかったよ!)出来るのに、紗都子を自分から引き剥がす事など一度たりとも考えていなかったのだ。
それどころか、自分を守ろうとした親友の為に、彼女を殺した女への復讐を計画していたのである。
当時の担任の名前を調べ、その担任の晴れの舞台であるだろう場所を探す。
すごい。
紗都子ちゃん人形を作って、過去の同級生たちに「反省しろ!」と無駄に騒ぐぐらいしか考え付かなかった俺とは全く違う。
親族の結婚披露宴という華やかな場で、親族の目がある中で田村を地獄に落とそうと考えていたなんて!
本当に新一年生なんですか? あなたは!!
俺の手から離れた少年は、俺などいないようにして目的の会場へと向かってスタスタと歩き出して行った。
俺はその後を追った。
この目線は虹河が俺の後ろを歩いた時のもののような気がしながら、俺のせいで虹河が圭をもう見守れない分、俺が圭の姿を追おうと歩きながら誓った。
だって、俺が虹河に報いるにはそれしか出来ない。
まだ圭にあなたの死にざまだって伝えられていないのだから!
「あの、こちらは」
会場の扉前で、当り前だが部外者の俺達に声がかかった。
しかし、制服姿のホテル従業員の隣には、国枝の部下が立っているのである。
国枝の部下は従業員の腕を軽く叩いて注意を自分に向けると、その青年の目を覗き込んで微笑んだ。
すると、従業員は能面のような顔付と変わっただけでなく、俺と圭の為に会場の扉を開けてくれるじゃないか!
俺は俺の一歩前にいる圭に声を掛けた。
「君の好きにするといい。俺は君を見守るから」
「あなたは! いいですか? ちゃんと台本通り、いいですね!」
「……はい」
圭は俺の年上のようにして俺に言い放つと、颯爽と扉の中へと進んでいった。
それはもう真っ直ぐに。
俺は名前だけでどの老婆だか知らないけれど、彼が違う事は無い。
彼は向かっているのだ、紗都子の仇となる田村の元へと真っ直ぐに。
いくら堂々とした素振りだろうが、圭はこの会場では異物だ。
慌てて後を追った俺のせいでさらに俺達は悪目立ちをしたようだ。
テーブル席についている着飾った老若男女は眉根を潜め、異物である俺達を排除しようと立ち上がった者もいた。
しかし圭が怖気づく事は無い。
彼を止められえるものこそいないのだ。
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