呪いを固定しました

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呪いを固定しました

 藤色のドレスを着た田村は、圭が近づくにつれて顔を歪め、血の気を失ったかのように真っ青に変えていった。  圭が自分の前に立った途端に、彼女は椅子を転がす勢いで立ち上がった。  彼女の隣の彼女と同世代の恰幅の良い男も立ち上がり、同じテーブルについていた中年に差し掛かったばかりの女性とやはりその女性と同世代の男は座ったままで俺達を振り向いた。 「は、ああ、来ないで、ああ! 来ないで!」  田村を宥めようと夫らしき男が彼女に腕を回そうとしたが、田村はその腕こそ払いのけ、一歩後ろへと下がった。  ガタン!  自分が下げたばかりの椅子に足を取られ、彼女は再び自分の椅子に納まった。  そしてそのせいで逃げられなくなったと、まるで電気椅子に座らせられた死刑囚のようにしてガタガタ震え出したのである。  子供用スーツを着ておめかしした幼子に対して、この脅え方は一体どうした事だろうか?  彼女は拳にした右手を口元に当てて、ガタガタと震えながら圭を見つめている。  圭の足は、田村の直ぐ目の前に辿り着いていた。  彼は椅子に座っているせいで自分と同じ目線になった老女の顔をしっかりと覗きこんだ後、ポケットから取り出したものを彼女の前に掲げ持った。  レースの縁取りのあるタオル地のハンカチでしかないが、田村はそのハンカチを目にした途端に、目を大きく見開いて大きく喘いだ。  いや、彼女はタオルを見てはいない。  圭の顔だけを食い入るように見つめて脅えているのだ。  圭は彼の小さな手が持つタオルハンカチを田村に向かってずいっと差し出し、周囲からの注目を受けている事を知っているかのようにして大声を上げた。 「これはなんでしょう? せんせい?」 「消えろ! 消えてしまえ! とおのお!」  田村は立ち上がるや、腕を大きく振りかぶり、圭を殴り飛ばした。  圭の小さな身体は、勢いよく飛んで、隣のテーブルに体をぶつけ、隣のテーブルのテーブルクロスを掴んだまま床に落ちた。  披露宴会場は陶器の割れる音によって静まり返り、今まで俺達の姿を知らなかった出席者までも俺達に注目の目を向けた。  俺は急いで圭の元へと駆け付け、彼を抱き起し、彼を殴った田村に叫んでいた。 「こいつを殺す気か!」  田村は喘いだ。  自分で圭を殴った癖に、違うと大声を上げたのだ。 「私が殴ったのは遠野よ! その子じゃないわ!」  会場はしんっと静まり返っている。  ひそひそ話をするものもいない。  ただ、全員が田村を見つめているのだ。  田村の夫だっても、田村の娘夫妻だっても、田村を見つめていた。  田村は自分への視線に気が付いた。 「お前」 「あ、あなた。幽霊が、幽霊を見たのよ。幽霊だったの。遠野が、ああ、遠野が私に復讐をしに来たのよ。あの日みたいに私の前にやって来たの」 「あの日もそれで殴ったんですか」  誰のものか分からない男の声が静まり返った会場で静かに響き、田村は自分が口にした台詞を思い出して喘いだ。 「ち、ちがう! あの日はあの子が勝手に走って用水路に落ちたのよ! そ、そう! 止められなかった私をあの子は呪っているんだわ」 「うそつき」  子供の声だった。  けれど、俺はその声が遠野紗都子のものでない気がした。  一度だって遠野紗都子の声を俺は聞いてはいないが、俺は違うと断言出来た。 「うそつき」 「うそつき」  うそつきうそつきうそつきうそつき。  披露宴会場にいる人達が、なんと、最初の言葉をきっかけにしたようにして、全員が全員、うそつき、と囁き始めたじゃないか。 「これは、二十六人の彼女の教え子たちの呪いですよ。今、全部の方向が田村に向かいました」  俺は自分の腕の中で、子供らしくない言葉を囁いた子供を見下ろした。  圭は顔を真っ赤に腫らしながらも、してやったという顔をしていた。  俺は悪辣な子供を腕に抱いたそのまま屈んでいた身を起こして立ち上がり、俺よりも背が低いが自尊心は腫れあがるほどに大きく、俺よりも年を重ねているだけの小者でしかない殺人者を睨んだ。  そして、ドラマの探偵の台詞ぐらいに聞こえるといいなと願いつつ、出来うる限りの静かな大人の声になるようにして声を上げた。 「幽霊だなんて嘘吐きですね! ハンカチを届けに来ただけの俺の弟を殴るなんて、あなたは信じられない人だ!」 「ち、違うわ。違うのよ!」 「違いませんよ! この子は貴方に殴られた。警察に行きます」 「違う! 私が叩いたのはその子じゃない! 遠野よ! 遠野が私を騙したの!」  俺は圭を抱き直すと、醜態を晒すだけとなった老婆を残して踵を返した。  そこで、俺の脇をかすめた男と目が合い、その男からウィンクを受けた。  選手交代、だ。
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