東京アンブにて新人紹介

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東京アンブにて新人紹介

 呪術者達が集う場所にしては、そこはとても明るかった。  花房警備部のお客様相談室懸念事案調査調整係の部署は、大きなビルの上階に位置しており、大きな窓からは夜には夜景を、昼は新宿御苑の緑を眺められるという素晴らしき部屋であった。  職員用の個人デスクが並ぶさまは普通のオフィスと変わりなく、そこの責任者に手を繋がれて室内に招かれた少年は、自分が単なる会社見学をしているようにしか思えなかった。  係長である男は、少年から手を離すと、部下の注目を自分に集めようと大きく両手を打ち鳴らした。  係長である男が二十代後半でしかないからか、その部下達は全員が若く、まるで大学生の集まりのようにしか少年には見えない。  いや、大学生では無いな、と少年は直ぐに自分が受けた印象を訂正した。  アンブの係長以外の全員が、背筋がまっすぐで筋肉質で強面な雰囲気もあることで、父親のアルバムにあった警察学校時代の写真を思い出したからだ。  彼は己自身が幼い子供であるにもかかわらず、今の自分が目の前にしている男達が、呪術という精神面どころか肉体的にも怖い人間なのだろうと理解している。そこで彼は、自分をここに連れて来た男が、彼に自己紹介する時に散々に言った単語を思い出した。  同僚。  こんな場所に自分の父がいたのなら、きっと一人浮いていたはずだと、子供心に違和感を覚えた。  彼の父親は霊が見えるだけの人だったのだ。 「あの、父は本当にアンブに?」  国枝は少年に答えずに、口元に指を一本立てた。  それから再び自分の部下達の顔を見回した。 「さあ、新たなメンバーを紹介しよう。虹河圭君だ。何だってするの魔法の言葉を、俺達の王子様から引き出せたホープだ!」  軽い口調に圭は少々反発心が起きた。  確かに、あの憎きキラキラ少年にそのような事を言われた。  だが、圭自身、国枝に軽く言われた事で、あの言葉を自分がハナブサを操って言わしめたとは思われたくないのだと気が付いたのである。  あれこそハナブサの純粋な所から出た真実の言葉だと、信じていたい自分がいたのだ。  実の母も祖母も、圭への愛情はまがい物だったと圭は思っている。  時々面会に来る父と同じぐらいに、あのハナブサは打算なく圭に好かれようと必死だったのでは無いのか。 「国枝さん。僕はそんな言葉どうでもいですよ? そんな言葉を今後利用しようとも思いません」  パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。  圭こそアンブのリアクションに驚いた。  生意気な言葉を返したにもかかわらず、強面ともいえる男性達が一斉に拍手をしてきたのである。 「素晴らしいですね、チーフ。この子は良い人材です」 「でしょう。俺達が潜り込めない場所に、この子ならいくらでも潜り込めてカバーできる。亡くなった虹河には殺されそうだけどね」 「父はやっぱりここの人じゃなかったのですか?」 「うーん。一度はここの人だった。今は若い連中ばっかりでしょう? もっとオジサン連中がいたよ。君のお父さんが子供に見えるぐらいにね、沢山」 「また暴言吐いて馘、ですか?」  国枝以下部下達の間で、爆笑の渦が巻き起こった。  この笑いは「素」だな、と圭は思った。 「こんなに嗤われるなんて、父は嫌われ者でしたか?」 「そうだねえ。俺達の大将の一番のお気に入りになっちゃうんだものね。やっかみはあるさ」  カチ、と音がして、すると一瞬でガラス窓の全部がブラインドで覆われていた。  明るかった部屋は一瞬で真っ暗となり、真っ暗になったと圭が思ったとたんに、明りがぽっと灯った。  室内の真ん中、それも床の位置で起きた光は、圭にあるはずのない光景を見せていた。  引き倒されたデスクによって書類が散乱する中、大柄の男が床に倒れているのだ。その男、圭の父親の虹河(にじかわ)(あや)の前に立つのは、黒髪の黒い学生服を着た少年。闇の中でさらに黒々として見える禍神(まがかみ)そのものとしてそこにいた。
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