僕はあなたなんか大嫌い

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僕はあなたなんか大嫌い

「ほら、続きは私の部屋か英の部屋でしよう。お前の頬は絶対に冷やさなければいけないものだ」  大弥彦の言葉に圭は素直に頷いたが、俺だけは抗議の声を上げていた。 「いや、でも圭君は病院に行ったほうが!」 「安心しろ。羽深はこういう怪我にこそ詳しい」 「わかった」  俺は再び圭を抱き上げた。 「どうして! 歩けます!」 「だって君は誰にも頼らないから」  圭は俺の腕の中で大人しくなってくれた。  その上、彼は俺を見上げ、初めて年相応の泣きそうな表情を見せつけたのだ。 「圭君、あの」 「あなたなんか大嫌いだ!」  俺の腕の中で圭は喚いて俺の胸に両腕を打ち付けた。  俺は彼が落ちないように腕に力を込め、胸が受けた痛みには歯を喰いしばった。  彼の父親を殺したのは俺なのだから。 「あなたは僕から全部奪う!」  彼はもう一度俺を叩いた。  それだけでなく、彼は足を使って俺を蹴った。  俺は彼を抱き締めていられず、彼は俺の腕から下に落ちた。  綺麗な着地どころか、彼はぐちゃっと固い床に落ちたのだ。 「圭君!だいじょう――」  彼は俺の腰のあたりを、両手で強くえいっと押した。  俺は意外と強い彼の力に、ほんの少しだけぐらついた。  で、なんと、圭の真隣に紗都子がひゅんと姿を現わしたじゃないか!  それも、俺が今朝仕立ててやった可愛い格好で、だ。  悪戯の好きな国枝は、俺を揶揄うためなのか彼女にもドレスを買っていた。  ドレスを見た俺は、紗都子のお父さんな気持ちになっていたのだと思う。  俺は紗都子ちゃん人形にそれを着せた上、ヘルメットみたいなカツラにシャギーを入れて可愛らしくカットもしてしまっていたのである。  さて、出現した紗都子の亡霊は、自分の可愛い姿を彼女の親友だったはずの圭に見せびらかしに来たのでは無かった。  彼女は圭にダチュラの根を振りかざしたのである。  どうして!!  が、彼女が腕を振り上げたそこで、圭も彼女に対して右手を掲げた。  圭の小さな口は「め」を形作り、俺は圭に飛び掛かっていた。 「僕が「(めつ)」と言えば大体の霊魂は消し飛びます」  圭が今朝語った言葉が蘇る。  だから俺は圭を守るように抱き締め、紗都子と圭に叫んでいたのだ。 「ダメだ! どっちも傷つけあうのは止めて!」  紗都子はぱっと消えた。  俺の腕の圭が「滅」を唱えたからじゃない。  俺の説得が紗都子には通じたのだと信じたい。  だが、圭は?  圭は俺の腕の中で、俺に死ねと言った。 「圭君」 「ほら、紗都子まで、あなたを守るために、あなたの守護霊になっちゃった。紗都子はずっと僕だけを守ってくれていたのに!」 「圭君」 「お父さんだって! お父さんは僕に何度も会いに来たのに! 僕には一度だって一緒に住もうって言ってくれなかった。あなたとは一緒に住んでいたんでしょう!」  ドン、ドンと圭の拳は俺を殴りつける。  俺は彼を不幸にしていた張本人だと、歯を食いしばるしかない。  虹河をずっと独占したいからと、虹河のプライベートの時間だって彼に纏わりついて甘えていたのだ。 「東京に帰るための新幹線に何度もお父さんは乗せてくれたのに、長岡駅で僕はお父さんに新幹線を降ろされてばっかりだった。ごめんって、やっぱり連れていけないって、そればっかりだった。あなたがお父さんを奪ったから!お子様ランチの代りの雪だるま弁当なんか、僕はもう見たくもない!!」  彼の拳は俺の右胸、虹河を喰った人面疽を直撃した。  俺は何も感じないはずだと思ったが、圭の拳はダイレクトに俺の右胸に痛みを感じさせた。  俺の頭の中で、ヒヒっと嫌らしい嗤い声が響いた。  こんなもの、こんなものが、虹河の命を奪ったのだ。  小さな子供から父親を奪ったんだ。  お子様ランチを息子に食べさせたいと言っていた男を殺したんだ。 「僕は誰に頼ればいいんですか! お婆ちゃんは僕が殴られても守ってくれなかった。お母さんと一緒になって僕が階段から落ちたって言ったんだ。僕は誰に頼ればいいんですか! 僕には何もなくなってしまった!」 「俺に頼ってくれ! 君から全部俺が奪ったというなら! 俺が君一番の人間になる! 俺が出来る事なら何だって君にするから!」 「じゃあ、返して! お父さんを返して! その右胸に取り込んだ僕のお父さんを僕に返してくださいよ!」 「俺だって返せるものなら返したいよ! こんなのもの! こんなものが虹河さんを死なせることになったなんて! 俺が死んだっても、虹河さんは死んじゃいけなかったんだ!」  俺は圭を抱きしめた。  これ以上ないぐらいに彼を抱き締めた。  そして、彼に誓った。 「俺が君を守る。君の為に何だってする」 「――約束ですよ?」  圭は俺の背中に小さな手を回してくれた。  それは、俺をほんの少しは受け入れてくれたのだろうか。
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