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勉強机と兄との時間
俺があげた大声に対して、崇継は気分を害するどころか、自分が勝手に机を選んだ理由を説明してくれた。
「勉強するなら広々とした天板は必要だよ。君が高さを変えられるからと選んだあれは、本気で勉強する時には小さすぎる」
「でも、高さが変えられないのは駄目です。ええと、あの、俺はあなたの見立てでは大きくならないのでしょうか?」
俺は崇継に買ってもらったものを一生大事にしたいだけだと言おうとして、その言葉は崇継がすぐに死ぬと言っているも同じだと気が付いて、慌てながらも別の言葉に変えていた。
しかし崇継は俺の言葉を聞くや、上品さをかなぐり捨てた、それは年相応な笑い声をあげた。
腹を抱えて笑う、その言葉通りだ。
「あの」
「ごめん。英が可愛らしすぎた。君が大きくなったら買い替えればいいんだよ?」
「じゃあ、捨てるんですか!せっかく崇継さんが選んでくれたのに!俺はあなたに買ってもらったものは絶対に捨てたくないから!だから、大きくなっても使えるものがって」
俺は捨てると聞いて反射的に、それは出来ないと叫んでいた。
叫んだそこで、俺が崇継の形見が欲しいと叫んでいるも同じようだと気が付き、俺こそ彼が死ぬと、彼の死を当り前のように考えていたと愕然とした。
「心配しないでも、君が大きくなったらまた買ってあげる。中学生になったら男の子はすぐに大きくなる。きっとまだ僕は君に机を買ってあげられると思うよ」
「ご、ごめんなさい」
「良いんだよ。僕は君の気持ちが嬉しいよ?そして僕も君を一番に考えたい。弟の君にはいつも一番の物を持たせたい。机は僕の選んだものでいいかな?」
悪戯そうに崇継は笑いかけてきて、僕はこんなに自分を想ってくれる肉親が出来た嬉しさと、数年しないで確実に失う事になる悲しさが同時に押し寄せ、何か話したいのに喉が詰まってしまった。
それで、人形のようにして頭を上下させるしかできなかった。
「よし。じゃあせっかくだし、ゲームをしましょうよ。崇継さんはゲームをした事が無いんですよね? 弟君もそうらしいですよ。俺が皆さんに手取り足取り教えてあげましょうか?」
俺も崇継も同時に吹き出していた。
ぽんと大きな手が俺の頭を撫で、虹河は俺ににやりと笑って見せた。
買っておいて良かっただろ?
そんな笑顔だ。
「君は帰りなさいよ。夕飯の人数が勝手に増えたら家政婦の機嫌が悪くなる」
「なりませんよ。彼女は俺がお気に入りだ」
「いやいや。君は泊まっていくつもりでしょう」
「いい飯にはいい酒を飲んでしまうのが人間ですから」
虹河は崇継の言葉通りに崇継の部屋に、もちろん五部屋もあるのだから客室のどれかにだが、図々しいと崇継に罵られながらも虹河は泊まった。
初めての部屋で寝付かれなかったから俺は気が付いたが、深夜から朝方にかけ、虹河は何度も崇継の部屋に行っては崇継の看病をしていたのだ。
俺はたった一日しか崇継と虹河との暮らしを知らなかったけれど、この世界を失いたくないと、泣きながら神に祈った。
神様ってどんなものか知らなかったけれど。
だから何度も言うが、十二歳の俺が崇継のドナーになったのは当たり前だし俺は全く後悔してはいない。
今だっても、きっとこれから死ぬまできっと。
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