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父の意思を継ぐという事
倒れた虹川の丁度頭の位置に学生服の少年は立っている。
虹河はぼろ雑巾のように痛めつけられているようで、もはや体を動かすことも出来ないように見えた。
いや、圭がその光景に意識を集中させれば、明りは黒詰襟の少年と虹河の上半身辺りにしか照らしていないだけで、あとの暗闇には複数の他の誰かの存在感もある。
虹河をそのような姿にした人達が、虹河がもはや動けないように床に縛り付けているのだ。
しかし、圭の父親はそんな状態に悲観などしていなかった。
血塗れで右目の瞼など垂れさがった顔をしながらも、少年に向かってやってやったという風に口元を歪めて見せたのだ。
「全く君は。術が使えないくせに、大仰な事をしでかしてくれたな」
虹川は黒髪の青年を見上げて、ハハハと乾いた笑い声をあげた。
圭が聞いたことの無い、やけっぱちの父の笑い声だった。
「俺は熟考って奴が出来ない性質らしい。駄目なもんは駄目だ。許せねえもんは許せねえ。体が勝手に動いてしまう。って!」
学生服の青年は虹河の足首を踏みつけていた。
それから虹河が持っていた銃を取り上げた。
虹河はその銃口が自分に向かうと、覚悟したのか目を閉じた。
「命乞いも無しか」
「両手が血で汚れちまった。俺はもう人殺しだ。息子をもう抱けない。大事なあいつをこの手で二度と抱けないなら、いいよ」
「おとうさん!」
圭のあげた叫び声で世界は明るくなった。
明るいが、圭に過去の映像を見せた男達の壁は圭に圧し掛かるようであり、圭はそれらを指揮していた男を見上げた。
「お父さんはあの人に殺されたの?」
「いいや。あの人が初めて殺せなかった男になったんだよ。君が見た映像のそこから、あの方の個人秘書に成り上がりだ」
国枝は自分のポケットを探ると、まるで手品のようにしてポケットには収まらないはずの銃を取り出した。
圭が見た幻術の中で父が持っていた銃と同じものだ。
圭は自分の手に乗せられたそれが、ただのエアガンだと知ってほっとした。
父親は誰も殺してなどいない。
「それは単なるエアガン。本物はあの方が大事に持っている。君のお父さんはやる時はやるから怖い人だよ。警察時代の伝手で、トカレフなんか手に入れて、それでね、この部署にいた化け物を全部屠ったのさ」
――俺はもう人殺しだ。息子をもう抱けない。
圭は父親の言葉を思い出し、自分を新幹線から降ろす時の父親の姿も思い出してしまった。
毎回、やっぱり圭を連れて行けないと言い、圭よりも泣きそうな顔で圭を新幹線から下ろすのだ。
「とうさんは。……だから」
「知っている? 強力な式を作るにはね、拷問して、拷問して、痛めつけて殺した魂が必要だって事。特に、呪術者を慕う者こそ生贄に最適だ。犬がよく式の材料に使われるのはそういう事なんだよ。それをねえ、人の子でやっちゃった人達だったからさあ、あの直情馬鹿は爆発しちゃったのよ」
「ハハハ。呪術を何にも知らない男は、アフターケアも出来ないのに、ねえ」
「ねえ。呪力が少ないからこそ、奴らは式を作りたがるだけなのにねえ」
「ふふふ。制御が消えた式はどうなるんだろうねえ」
国枝が圭へかけた言葉につられたように、男達がひそひそと喋り出した。圭は男達の会話を聞きながら、自分を囲む男達が父親が殺した奴らによってつくられた式だったのだと気が付いた。
彼らは人間だ。
ただし、互いに殺し合わせ呪力を奪い合わせて練り上げた、恐ろしいばかりの力を持った殺人兵器。
そんな彼らをこの世にはなったと知ったとしたら、父は?と、圭は導かれた答えにぶるっと震えながらつばを飲み込んだ。
どうして圭を東京に毎回連れて行こうとして、どうして毎回死にそうなほどの痛みに堪えるようにして圭を新潟に置き去りにしてしまったのか。
「お父さん」
脅えたらだめだ。
脅えたら飲みこまれる。
お父さんが僕を必死に守ろうとしていたのだから!!
「この子は本当に賢いな。もう君は散々に辛い思いをして生き残ったんだ。君こそ俺達の兄弟だ。今後については心配する事は無いよ」
圭の肩に国枝の手が乗った。
宥めるように、落ち着かせるように。
それで国枝を見上げた圭は、国枝の肩に乗る国枝の式が見えた。
国枝によく似た、圭と同じぐらいの子供であった。
「あなた方、も辛い思いをしたのですか?それで、術の為に同じような事をしようとしているのですか?」
「いや、俺達はそんな昔の法を使わないクリーンなアンブですよ。安心して。悔しいが君のお父さんの大暴れのお陰で俺達は解放されたんだ。彼の息子である君にも俺達は期待している」
「期待って、僕に人を殺せと?」
「いや。父親の意思を継いで頂戴ってこと。父親みたいに君が思う正義を執行してくれても構わないよ?その場合に殺しちゃっても、俺達が何とかしましょう。俺達は兄弟なのだから」
圭はエアガンの弾薬ケースを引き出し、中のBB弾が通常よりも大きく、そこに見慣れない文字が書きこまれている事に気が付いた。
「手を加えてあるから人の肉にぐらいめり込むね、それは。ついでに弾に呪も施してあるからね、見えるもの見えないもの、何にでも使用可能だ」
「なあんだ、結局は僕に王子様を守れって事ですね。父の意思を継げってそういう事でしょう? 父はハナブサがハナブサが、でしたもの」
「君は賢くて嬉しいな。それは君のモノだ。小さな子供に扱わせるには危険すぎるが、君はこいつの手入れぐらいできるでしょう」
「たぶん、教えて頂ければ」
「で、嫌かな?王子様のお守りは?」
「こんな危険なものを人に撃ってもいいのであれば、喜んで僕はやりますよ?」
国枝が圭に向けた笑顔は、国枝が連れている式、真っ黒狐に変化したときのあの少年の霊がするのと同じだと、圭はぼんやりと思った。
人間であったことを忘れようとするかのような、過剰すぎるほどの獣じみた笑みである。
そして圭は考えてもいた。
僕が王子を撃ったらどうなるんだろう、と。
お父さんは僕に化けて出てくる?
僕の式になってくれる?
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