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未来
崇継はウィスキーグラスにブランデーを注ぎ、いつものようにしてモニターの前になるようにして座卓の上にグラスを置いた。
「虹川さんが飲むのはウィスキーだよ」
彼は可愛い弟のセリフに、知っている、と答えたが、本当の答えを弟には教えてあげられないと微笑んだ。
虹川は酒に酔った振りをするだけで、実際は酔うほどに酒は飲んでいないのだ。さらに言えば、彼がウィスキーを好んだのは、ビールのように人から追加の酒を注がれる事が無いからだ。
彼は守るべき子供を守るために、常に戦闘態勢を取っていたと言える。
「僕にこそ警戒せねばならないのに。君は僕こそ守ろうとしていたね。君を殺そうとした僕を忘れたのか。本当に君はハナエと同じぐらいに純粋だ」
虹川が花房孝継に見いだされたのは、彼がテレビカメラの前で暴言を吐いた時では無い。虹川がそう嘯くだけでそのような事実など無いのだ。
ではどこでと言えば、虹川は公安として花房家に潜り込み、そこで花房に堕とされた公安の同僚の姿と花房が行っていた子供への虐待を目にした事で、花房を急襲した日でしかない。
その日に崇継こそ虹川に解放されたと気が付いたのだ。
全部ではないが大きな瓦解があったことで、崇継は花房を立て直すことを考えねばと思考し、どうして今まで通りに建て直さねばと初めて疑問に感じたのである。
古いしがらみこそこれを機会に切り捨てるべきでは?と。
連綿と続く火結継承の儀から自分が逃げても良いし、花房という家そのものが消えてなくなっても一向に自分は構わない、それに気が付いたのだ。
気が付くや彼は確実なる当主継承者である自分の上に、さらなる上位者を作ることを考え、火結を継承した後に倦んでいく内臓を取り換えるためのスペア、名前も付けられなかった哀れな子供に目を付けた。
崇継の異母弟という、崇継と同じぐらい花房の濃い血を持つ子供。
その子供と自分の立場を入れ替えるのはどうなのか。
完全なる賭けであった。
スペアの骨髄を己に移植し、己の血をスペアと同じ遺伝情報に書き換えることは、己をスペアの子として成り代わらせることになるのでは無いのか?
そして己が受ける予定だった火結は、ちゃんとスペアの上に落ちてくれるだろうか?
そして崇継は賭けに勝った。
勝った彼だが彼は自分が勝った事実に対し、むなしい、と嗤った。
虹川がここにはいない。
「お前は僕を子ども扱いばかりだったな。僕を変えるために育て直しでもしようとしていたのか? 馬鹿だよ。いいや。僕が馬鹿か。弓月が裏切らないと踏んだ僕が馬鹿だ。あんな子供などいらないはずだと思っていた僕が馬鹿だった」
座卓の上のスマートフォンが震えた。
崇継はそれを持ち上げ、自分の耳に当てた。
「弓月を確保しました」
「虹川の妻もちゃんと持って来なさいよ。半年後には君の配偶者になる」
「いいえ。内縁状態だったのでもう配偶者です。虹川の息子の養育権も俺が手にしましたので、全部、連れて戻ります」
「ああ。余さず全部持って帰って来てくれ。これから親族たちに攻勢かけるのに脆弱な部分があっては困る」
崇継はスマートフォンを切り、それから座卓に置いてあったグラスを持ち上げ、テレビモニターに向かって投げ付けた。
虹川がいなくなってから誰も点けようとしなくなった真っ黒な画面ばかりのモニター画面は割れ、ひび割れた画面を伝うアルコールの液体はモニターの涙に見えた。
「僕が火結を受け、狂いながらも君達の介護を受ける。そちらの方が選ぶべきだった未来に見えてしまうのはなぜだろうな。それでも、あの叔父たちが泣き叫ぶ声が聞ける未来も甘美だと思ってしまうのは変わらない」
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