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三年と数か月後
「おお! 高校の制服か! 裏口入学おめでとう!」
「うるせえよ! 半月も制服を見るたびにそれって、いい加減にしつこいんだよ! この中年親父が!」
俺は俺を車に乗せてくれた男に言い返した。
俺が崇継と住むようになると、俺は公立小学校から私立名門小学校に当り前のようにして転校していた。
学校名を聞いて、小学校受験の何たるも知らない俺でも仰け反った。
そこは小学校受験の難関校で、その名門校のエスカレーター式の大学の一般入試に受かるよりも難しいと言われている学校だったのだ。
そんな所に、俺は無試験で編入していた、のである。
当時の虹河は、冒頭の台詞よりも酷いことを俺に言い放った、と思い出す。
「裏口入学おめでとう。ちゃんと悪に育てよ?」
「悪に育ってどうするんだよ?」
「憎まれっ子世にはばかるだろ?」
そして彼は俺の父親のような顔をして俺の手を繋ぎ、俺をその学校に初登校させたのである。
大きなしっかりとした手。
「って、急に人の頭を撫でるなよ!」
「いやあ、しみじみとした顔をしているからさ。一応は上に上がるテストは受けたんだろ? お前はそれ程馬鹿じゃないだろうが。自信を持て」
「そうだよ! ちゃんと試験受けたしさ、中等部ではちゃんと五十番以内には入っていたよ! だからこれは裏口じゃないね!」
「ばああか。本気で裏口の奴に裏口ゆうか! ほら、降りろ。いい加減にもう少し早く家を出ろよ。俺は崇継を送る係で、お前は親の送迎禁止校の生徒だろうが!」
「いいじゃない! 方向は同じだしさ、俺は兄さんと一緒に家を出たいんだもん。ねえ、兄さん!」
俺は助手席の間から身を乗り出し、後部座席に座る崇継に大声を出した。
紺色のジャケットにオーダーメイドの白いシャツ、そして、彼が履くジーンズは実は適当な店で買った五千円もしない奴だ。
大学生はジーンズを履くべきだと虹河が言い張り、大学に送る途中で虹河がそれを買い、崇継はいやいやながらも車の中で履き替えた、そんな虹河の勝ち星らしいジーンズだ。
しかし、そんな逸話があっても安物は安物だ。
それでも崇継が履けば一本十万円以上するブランド品に見えるから不思議だ。
大学生となった崇継は、髪もまつ毛も眉だって生え揃い、癖がある艶やかな黒髪は少し長めの短髪にしている。
その見惚れる程に素晴らしい見栄えのいい男は、弟である俺や忠臣(笑)に対して、それはもう酷い振る舞いをした。
片手をひらっと犬を追い払うみたいにひらめかせ、煩い、とだけ呟いたのだ。
「酷い、兄さん!」
「ほら、騒ぐな降りろ」
「わかったよ、もう!」
「ああ、そうだ。英」
「何?」
俺は正式に花房家の苗字になっている。
実の父の認知と、それによる戸籍の移動?をされたのかな?
そして、その時に崇継に「はなえ」と名前の読みを変えられた。
ハナブサ・ハナブサでは変だろう?
それでも僕はお前を実の弟にしたいんだ、嫌かな?
はなえに呼び方を変えても俺は苗字で呼ばれれば「ハナブサ」となる。
それに俺は「崇継の実の弟」という立場こそ大事だ。
一も二も無く「かまわない」と応えていたが、その時の虹河は当時では珍しく出会った頃の強面の顔を見せていたと思い出す。
「聞いている? はなえ?」
「ああ、ごめん」
「今日はまっすぐ帰っておいで。それから、本家に行くからね、担任に一週間の休みを伝えておいて」
書類から顔を上げないくせに、聞き流せない台詞を言い出すとはどういうことだと俺は降りたはずの車に再び顔を突っ込んでいた。
「ええ! 一週間も!」
「ああ。今度のゴールデンウィークと思ったが、そうも言っていられない事態になった。僕達の父の危篤だ」
「父? 危篤?」
崇継は顔を上げない。
いつもだったら、いつもと崇継が違ったのは?
俺は顔も見た事が無いが、崇継は俺達の父に育てられているのだ。
俺は未だに会った事は無い。
父は人格が完全に壊れているらしく、崇継はそんな父に俺を会わせたくないと考えてもいるしそう言いもした。
「遺伝すると考えたら鬱になる。僕が白血病でも悲観していなかったのはそれが真実だよ。ああなる前に死ねると喜ぶ自分もいたんだよ」
「兄さん、あの、大丈夫?」
俺の左肩に大きな手がポンと乗った。
「ほら、お前は行った。帰りも俺が迎えに来るから、そん時にな」
神妙な顔をした虹河に俺が逆らえるはずもない。
俺は車から体を抜くと、動いていく車に向かって右手だけ振った。
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