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不幸は全て禍津日神によるもの
花房家って凄いんだな、俺は改めてそう思った。
崇継に引き取られてから凄い金持ちなんだな、ってのは身に染みていたよ。
崇継にお小遣いに使えとクレジットカードを渡された時、彼に土下座してさ、普通の家みたいなお小遣い制にしてとお願いした事もある。
もちろん、普通の家のお小遣いが分からない崇継は虹河に聞き、虹河は嬉々として俺の小遣いの金額を決めてくれた。
ちょっと少なくね?
そんな金額だったため、俺は家族、この時点では金額を決める虹河だが、彼に小遣い値上げのお願いをしなければいけないという、普通の家の子みたいな事を体験できてもいる。
わあ! 虹河さんさいこう!
これは皮肉な方の意味だからね! 虹河さん!
「ほら降りろ。崇継が降りられないだろ」
「だって、ヘリコプターだよ! 俺はヘリコプターに乗っているんだよ! お小遣いの金額が低すぎる俺が、ヘリコプターなんか乗ったお大臣しているんだよ!」
「お前が普通の金額を望んだんじゃねえか!」
「虹河さんの時代は俺の時代の普通じゃないんだよ!」
俺の隣に座る崇継はぶふっと吹き出し、それから、いつもはしない仕草を俺にした。
俺の頭を撫でたのだ。
虹河がするように、まるで父親の仕草のような、それ、だ。
俺がびくりと体を震わせたので、崇継は手をひっこめてしまった。
「あ、ごめんなさい。嫌とかじゃ無いの! えと、本気で嬉しすぎて。あの、お兄さん! いつでも頭を撫でても構いませんよ!」
あ、崇継が本格的に大笑いして座席に転がってしまった。
そして俺は今度は大きな虹河の手によって頭を撫でられたが、虹河は俺をヘリから降ろそうという意思を持っての押し出しという撫で方だった。
「わかったよ。降りるって」
「……ハナブサはこのままでいい。ハナブサの名前なんか負わせたくなかった」
ヘリから出ようと動き出したばかりの俺の身体は兄の呟きに止まり、しかし、やっぱり虹河に背中を押された。
虹河は真面目な、眉がくっつくみたいな嫌な強面過ぎる顔をしており、俺は崇継に声を掛けることなくそのまま機体から降りた。
なんだか兄の振る舞いが、三年前に似ていて怖いのだ。
ドナーが見つからず、日々体を弱らせていく兄は、弱っていくからこそ俺をそばに置きたがった。
それでも基本的に人に触れたがらない、人に触れるのが苦手? な彼は、俺を抱き締めたりなどせず、ただ俺を眺めているというだけだった。
居心地は悪かったが、物凄く嬉しくもあった。
常に愛情をもって見つめられる、そんな体験は生まれて初めてだったから。
でも今は健康を取り戻しているじゃないか!
それなのにどうしてそんな振る舞いをするんだよ!
「ほら、頭を低くしてさっさと機体から離れろ。俺達が離れなきゃ、この操縦士はヘリを飛ばしてお家に帰れないだろうが」
虹河は自分が降りて来るや俺に体をぶつけてよろめかせ、それから彼が守るべき崇継の所に戻ると、崇継の背に軽く手を当てて崇継の誘導をはじめた。
俺はそんな二人の後ろをついていくことにした。
何もないヘリポートに俺達を待つリムジンが止まって待っている、という、行くべき方角など見誤ることなど無いのに。
いや、先に進むのが怖くなったのだ。
崇継は三年前のように後がないようにして振舞っている。
だからこそ虹河も、三年前の崇継を支えた時みたいにして、崇継の横に立っているんだ。
急に溢れそうな涙を感じて俺は両目をぎゅうっと瞑った。
するとなぜか瞼の裏に、黄色の折り紙の裏が見えた。
折り紙は黄色くても裏は当たり前だが白い面だ。
朱色の墨で書かれた文字はミミズにしかその時の俺には見えなかったが、瞼を閉じた今はなぜかそれが読めた。
「禍津日神の御心のあらびはしも、せむすべなく、いとも悲しきわざにぞありける」
俺の口は勝手にそれを呟いていて、はっとした俺は口元を慌てて押さえた。
しかし、既に口にした後である。
虹河は訝しそうな目で俺を見返していた。
「ブッチしたテストでもあったのか?」
「違う。なんか、思い出したってだけで」
「今にぴったりな言葉だよ。あのメギツネめ。あれはお前が気に入ったのかもね。それをお前に伝えたかったのだろう」
「ぜんぜん意味がわかんないよ。兄さんは知っているの?」
「世にとっての不条理な厄災は、全て禍津日神によるものだって、ああ悲しいって、本居宣長の言葉だよ」
「兄さん?」
「つまりね、禍津日神があるからこそ、そこに不幸があるんだ」
いつもと違う兄のぶっきらぼうな声と言い草に、俺は何も言えなくなって、三年前の孤児に戻ったみたいにして先に歩く兄の後をひたすらついて行った。
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