花房本家

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花房本家

 家というものは洋風和風、そんなものは関係なしに、大きければ大きいほど威圧感で物凄いものに見えるものだと初めて知った。  花房家本家は周囲を林に囲ませていながら、石造りの塀が広い敷地をぐるりと囲んで、まるで大昔の武家屋敷のようであった。 「まだ現存しているなんてすごいよなあ、それも、個人宅として生きているなんて、日本の七不思議だぜ」  俺と違い何度か崇継について本家に来ていた虹河が、家に圧倒されている俺に揶揄うようにして声を上げた。 「どうして国宝とかにならなかったの?」 「この間まで迷家(まよいが)だったからだよ」  虹河は眉を上げさせして人の家を民族伝承のお化け屋敷のように揶揄って来たが、崇継は虹河をはしゃがせたくなかったのか、すぐに答えを教えてくれた。 「近代の手を入れたらそれはもう過去の遺物じゃあなくなるんだよ。雨漏り一つ直せないどころか国宝の修繕チームに直させるように国から指示されて、そのお代を自腹で払わなければと知れば、持ち主は積極的に壊すでしょう?」 「すごいよなあ。壊し方も。四等分にして地方地方に移設したあと、もう一回全部を持ってきて合わせたんだってさ」 「また分割する事になるかもしれないけれどね」 「兄さん、どうして?」 「地震災害でプレートの位置が変わったからだよ。地の底を流れるマグマと竜道は影響し合っている。花房家はその竜道を制する場所に無ければいけない」  柱が赤く塗られたところもある家は神社のようでもあり、また、窓の枠などが編み物のようにして木が組まれていて、そんな所は異国情緒も感じる、という、不思議な大きな建物をもう一度見上げた。  凄く大きな家だが、虹河がふざけた迷家といういい方がぴったりな、誰も住んではいない廃墟にしか感じられなかった。 「兄さん。竜道を制するって言うけどさ、この家に竜はいるの?」 「いない。竜はこの家に住むんじゃない。この家にいる人間達を外に出さないために竜の道のど真ん中に家を建てただけだからね」  崇継はそう言うと玄関へ続く三段ばかりの階段を上り、すると、旅館の入口ぐらいの間口のある正面玄関の引き戸が左右に一気に開いた。 「お帰りなさいませ、崇継さま」  まさに旅館のお迎えのように着物姿の使用人がずらりと並び、それも日本髪みたいに結った人達までもいるという勢ぞろいで、彼らは崇継が一歩先に進む度に次々と彼に向かって頭を下げた。  俺はその仰々しさに虹河の腕にしがみ付いていて、虹河は俺の背中に手を当てて、俺の耳元に囁いた。 「お前には生きた人間が何人に見える?」 「え?」  俺は虹河の言葉に驚き再び前を見返し、俺が見ていた大勢などいなかったと俺に脅えさせた。  崇継を出迎えたのは崇継の個人秘書の溝江と弓月だけだった。  溝江は五十を過ぎたぐらいの弁護士で、施設の俺を崇継と一緒に尋ねて来た時の人である。  そして、弓月はかなえという名前がある、綺麗な人である。 「俺はあんまり好みじゃないよ。虹河さん」 「聞こえるような場所で人の秘密を暴露するなよ」  俺達は互いに肩をぶつけ合った。  見てしまった幽霊っぽい事を忘れるには、違う馬鹿話に話しを変えてふざけるのが一番だ。  俺は虹河と付き合うことでそう学んだ。  虹河が時々藪睨みするのは、俺には見えない何かが見えているからであり、それが意外と日常過ぎて俺は彼のそこに一々反応するのは止めている。  だってさ、運転途中に大きな舌打ちをしたと思ったら、怖いくらいの低い声で「成仏しろよ」なんて呟くんだよ。  それをどうしたと尋ねると、「ウン年前に死んだ奴が車両に貼り付きやがった」なんて、蠅がガラスについているぐらいの口調で言うんだもの。  無視が一番でしょう? 「見えたって事はお前も開いたのか? これからの俺とのドライブは楽しいなあ、なあ、おまえ?」  俺は殆ど飛び上るようにして肩を虹河の体にぶつけていた。  彼はよろめくどころか俺をがっちりと抱き留め、肩に腕を回して俺を逃げられないようにして花房の玄関に入ったのだ。 「虹河さんは怖かったんだ?」 「怖いよ。この家はいつも怖い。だからお前は俺の傍から離れるな」  耳元で囁いた声はいつもの虹河ではなく、もと機動隊と聞けば誰もが頷くだろうという固い声だった。
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