休日の午前

1/1
前へ
/6ページ
次へ

休日の午前

「どっか連れてけ」  『うらめしや』とおなじ抑揚の声で目を覚ました。  薄目を開けると、休日でも晴天になると早起きする家内が、私の枕元にペタンと座っている。 「どっか連れてけ」  家内が私の耳に近づき、ヒソヒソ話ではない音量で『うらめしや』と同じリズムで繰り返した。  私は聞こえないふりをして布団をかぶった。 「どっか連れてけ!」  布団を剥ぎながら声のデシベルサイズを上げた。  仕方がない、必殺の『起きるまで叩くわよパンチ』が出る前に目をあけた。 「どっかってドコ?」  眠い目を擦りながらたずねる。 「ランチでもいいからさぁ。アタシだって、たまにはお客さんしたい!」  その気持もわかる。私も仕事柄、サービスを与えるばかりで、たまには人のサービスを受けてみたくなるときがある  それに、夫婦一緒で飲食店を経営していると、視野が狭くなり、サービスの概念が古くなる。  新たな店を開拓したり、他の店舗のサービスや味を体験するのもいいことだ。 「おう、どこかランチ食べに行くか? この間、クリーニング屋の隣にオープンしたイタリアンとか?」 「それがさ、今日はカレーの気分なの」  家内が嬉々として、スマホの画面をこちらに向けた。  カレー? それはまたエラく庶民的な……  サービス向上の助けや、味の研究にはならんだろう?  そう思いながら、まだ焦点が定まらぬ寝ぼけマナコでスマホの画面を見た。  ! ! !  そこに写し出された画像、皇室御用達の老舗一流リゾートホテルの写真であった。 「お前、ここ箱根だぞ! 今から行ったってランチタイムに間に合わないだろ? それに高級リゾートにランチタイムってあるのか?」 「へへへ〜。ここのホテルのダイニングは休憩時間がありませ〜ん。今から行っても大丈夫」  大丈夫ったって、これから2〜3時間運転してカレーを食べに行くだけって、どんな休日の使い方だよ?  私がOKしたとみなして、家内はいそいそ準備を始めた。  そもそも、恐れ多くも上皇陛下が皇太子殿下の頃から愛しているカレーだぞ。  庶民の身分で行っていいのだろうか?
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加