盗み聞き

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 待ち合わせの瑞江駅は混雑していたが、改札のそばで待つ康生の姿をすぐに見付けることが出来た。  白シャツに黒のワイドパンツを合わせたシックなモノトーンコーデは、まるで言い合わせたかのようで驚いたが、それよりも、康生のぎこちない表情がまどかの不安を煽った。  気合いが入り過ぎだと、引かれているのかもしれない――  そう感じた瞬間、ふわりと表情を和らげた康生が駆け寄った。 「浴衣、すごく似合ってます」 「え、本当ですか?」 「はい。いつもと雰囲気違って驚きましたけど」 「何か……七五三みたいになってませんか?」 「全然。大人っぽくて素敵です。黒が似合う女性はすごく素敵だと思う」  会って数秒で、本日のクライマックスとも言えそうな状況を迎えていた。  まどかは照れ臭くて、康生の顔をまともに見ることが出来ずにいた。 「混雑すると思うので、はぐれないでくださいね」 「はい」 「それこそ埋もれて見えなくなりますから」  小柄なまどかを茶化すように康生がふっと笑いかける。 「大丈夫ですよ。私が中原さんを探せますから」  まどかは長身の康生を見上げながら豪語した。 「じゃあ行きましょうか。ここからだと少し歩きますけど大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫です」  “大丈夫”の意味が、距離だけのことではないと気付いたのは、康生がまどかの足元を仕切りに気にしていたからだ。 「ちょっと休みましょうか」 「え?」 「足痛いでしょう?」  慣れない下駄を履いたまどかを気遣う康生に――そんなところにまで気付ける彼に――胸をときめかせずにはいられない。  まどかがマンションの植え込みの端に腰掛けると、康生はひとり近くのコンビニに向かった。行儀が悪いとは思いながらも、まどかは下駄を脱ぎ、その上に足を投げ出した。  数分後、袋を提げて戻ってきた康生は、まどかに冷えたペットボトルを差し出すと、その足元にしゃがみ込んだ。 「どこが痛いですか?」 「え?」 「あー、ここですね」  康生はまどかの鼻緒ずれして赤くなった場所を見付けると、袋から絆創膏を取り出した。 「えっ!? だ、大丈夫です。自分で出来ますから!」 「いいから。座っててください」 「……あ、はい。すみません……」  まどかは言われるがまま大人しく座って、足先に神経を集中させた。  ずっと思いを寄せていた男性が、自分の足元に屈み込んで絆創膏を貼ってくれているという光景は、恥ずかしいやら申し訳ないやら、それでいて胸がキュンとしたり……  正直なところ、花火よりもこの光景をずっと眺めていたいとさえ思えた。  なぜ自分を誘ってくれたのかと聞くのは、無粋だろうか。それよりも、潔く自分の気持ちを先に伝えてしまうほうがいいだろうか。
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