身辺調査

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 俺にはもう、押し寄せる人波に逆行して歩く体力がない。流れに乗ることなんぞもっとない。  地方都市とはいえ主要駅ともなれば、朝は通勤通学で道の中央に太い人の流れができる。盆明けの日差しから逃れるように、男も女も駅へと吸いこまれていく。  俺は道の端で足を進める。投げ捨てられたペットボトルや空き缶、タバコの吸い殻が履き古しのスニーカーによく似合う。すれ違う人々の目には俺も吹き溜まったゴミに映るのか。俺には一切の興味を示さない。  俺は職能向上の訓練と趣味を兼ねた人間観察をしながら、側溝の蓋を踏んで歩いた。  どいつもこいつも顔を伏せ、靴底を引きずっている。行きたくもない会社に行き、やりたくもない仕事をする。今日も明日も来年も。嫌な流れから抜け出すために、なにかいい案はないかと考えもせずに体と心を削る。  この点に関して、俺はいつも優越で胸がすく。宮仕えからさっさと足を洗い、自由業を選んだ自分を誇らしく思う。  入念に人を観察するには選別が重要だ。土色をした野郎どもの顔は視界からはじく。俺の視線が追うのは、女だ。たとえ仏頂面でも、見ているだけでいい匂いが鼻の先に漂う。  やたら目の大きなOLをターゲットとした。素顔になれば、まつげは半分の長さになり、目も半分のサイズだな。  俺は昔から、化粧を落とすと顔がどう変わるのかを見抜くのが得意だった。かつての仕事では、変装を見破る際に重宝したものだ。  お次は女子高生。化けるほど塗りたくっていない。眉を整えただけでも十分に美しい。若さがすべてをカバーしている。頬に唇、髪の艶。なにもかもが神々しい。
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