身辺調査

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 そろそろ目を離さないと。あんまり眺めていると、怪しいジジイに成り下がっちまう。  淑女たちを幅広くフォローする俺だが、おっと、この手の女はどうかご勘弁いただきたい。いかにも離婚しそうな女。あるいはすでに離婚した女。  男はみな敵だ、とでも言いたいのか。戦闘的な空気をまき散らしている。俺の妻であった女のように肌がくすみ、目から針を飛ばす。離婚して三十年が経過した。未だに俺は元妻の不満を露わに示した顔を思い出すと、気分がふさぐ。  人間観察という名の異性鑑賞に一段落つけ、俺は駅前のにぎわった通りを一本わきにそれた。途端に人の気配が遠くなる。  細い裏通りを二百メートルほど進み、こりゃまた古いね、と思わず見上げるペンシルビルの前で俺の朝の日課、散歩が終わる。  年季のあふれ出したこのビルが俺の職場でもあり、ねぐらでもある。自身の朽ち具合とビルの傷み具合がいい塩梅でリンクし、俺はかなり気に入っている。  四階まで自分の足で上らなければならなくても、団地のような鉄製ドアが錆びまみれでも、事務所用に作られた部屋だから風呂がなくても、家賃の安さは何物にも勝る。  各階ワンフロアでドアがひとつだけなのも気に入っている。隣人からの余計な干渉が回避できるのは、俺の仕事にとって大きなメリットだ。  あの女が頻繁に訪れ、俺に迷惑をかけることを除けば、最高の物件と言える。 「八カ月とはねえ。おまえさんはやっぱり大物だよ」  コーヒーを淹れ終わってすぐ、ノックもなしに玄関が全開になった。ドアを押さえながら、あの女が大声を放りこむ。朝の静けさが台無し。なんとも迷惑な訪問者だ。
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