31人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
「あなたとは、もう夫婦でいられません」と、いきなり離婚のカードを突きつけた元妻。
仕事への取り組み方を変えて欲しかっただとか、じつは子供が欲しかっただとか、もっと話をしたかっただとか、ひと言相談してくれていたら俺も変われたかもしれない。いや、仕事優先で変わらなかったかもしれない。
だが、妻が不満に思っていることすらわからなかったのは、痛恨の極みだ。
三十年前の離婚は俺の心をえぐり、今もふとした拍子に傷が開く。俺は自分がこんなにもくよくよする性格だと、離婚によって知った。
妻が去り、虚脱が訪れ、キャリア署長の保身のために上級国民の罪を追う捜査が打ち切られ、すっかり嫌気がさして俺は刑事を辞めた。
探偵業になど手を染めたのは、他人の離婚をとめたいからか、それとも促進したいからか。整理のつかない感情を引きずり、やたら離婚に敏感な探偵が出来上がった。
マダムはなぜ離婚したいのか。有利に話を進めることのできるカードを持っていながら、なぜ切り出さないのか。それよりも、マダムは本当に離婚したいのだろうか。
夫である喜久川原鉄之助と、マダムが浮気相手とにらんだ遠藤由香理の身辺調査はすでに済ませた。
マダムの組み立てたストーリーは、由香理の露わな怒りで崩れ去り、このストーリーはジ・エンド。
しかし俺はどうにも区切りがつかなかった。なにかが俺の勘に引っかかる。すべてをやり尽くしたかと自問すれば答えはノー。このストーリーの中で、まだ調べていない人物が一人いる。
マダムだ。どうにも理解できない調査依頼の真相をつきとめたいのなら、マダムを洗う必要があると俺はおそまきながら気づいた。
最初のコメントを投稿しよう!