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まずはネットで拾える情報を求め、俺は事務所で旧型のパソコンを叩いた。
キクてつフードの前身であるキッチンカー時代をマダムは経験している。会社がでかくなった現在も、当然経営に関与していると予測したが、それは間違いだった。
役員にマダムの名はない。大株主でもない。会社経営からはじき出された怒りが離婚の引き金なのかと勘ぐるほど、キクてつフードにマダムの影はなかった。
SNSを漁った結果もむなしかった。ヒットするのは夫ばかり。マダムは意図的にネットの舞台に上がっていないと思われた。
職場の線からたぐろうにも専業主婦だ。実家に確認しようと考えたが、実家がわからない。
借用書をでっちあげ、役所で公的書類を引っぱり出せば、マダムの過去の住所などはつかめる。だが、かつての住みかを知ってどうなると言うのだ。リスク山盛りのわりに見返りは些細なものだろう。
ボロビルの事務所で仕事を依頼し、ビンタを飛ばし、罵倒を投げつけたほかに、俺はマダムについてはなにも知らなかった。
せいぜい、結婚を控えた娘の身の周りを洗い出すていどの、そう、遠藤由香理の調査で店長から話を引き出したていどの労力だろうと踏んだのは、とんだ誤りだったわけだ。
俺の探偵三十年のキャリアの中で、ここまできれいさっぱり足跡のない人物に出会ったことがあっただろうか。マダムは自分の過去を厳重に隠している人間だった。
いったい、若い時分になにをしていたのか。人には知られたくないなにかが、きっとある。上場企業の社長の妻として、公になっては不都合な事実がある。
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