身辺調査

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 二十年近く前の話だ。当時、居抜きのスナックがあってね。そこをあの子が借りたのが、アタシとの縁の始まりさ。二十歳をちょっと超えたていどの年齢で、ママ兼経営者。  がんばってたよ。健気な子でね。スナックがオープンして二年くらいは、毎月直接アタシのところに来て、現金で家賃を払っていった。振込手数料が惜しいですから、なんて言って。しわしわの万札を封筒に入れてね。店では華やかなおべべだろうに、ふだんはこれまたしわしわの服着てさ。苦労人だったね。  水商売をやろうって女のバックには、たいてい男の影があるんだけどさ、あの子はそういうの、なかったね。パトロンがいたら、もっと羽振りがよさそうなものだもの。  月々の家賃を納めに律義に訪ねてくるもんだから、ちょいちょい話す機会があってね。  絵に描いたような不幸だよ。両親は小学生の時分に交通事故で死んじまった。きょうだいはなし。親戚をたらい回しにされて、遠縁のおじさんにやらしいことされて、それが理由で家を飛び出して。  中学を卒業してないらしいよ。年齢を偽って、うるさいことを訊かないキャバレーにもぐりこんで。ほら、あるだろ。家出少女にアパートを提供して働かす店。そういうところを転々としながら、生きてきたんだって。  学校は出てないけど、頭はいいよ。たんに勉強する機会がなかっただけだね。  そのうち家賃が銀行振込になって、顔を見せなくなってから三年後に店を畳んだ。  赤字でダメになったんじゃなくて、身の振り方を変えるためだって。チーママみたいな子が来て教えてくれた。それで契約を解除して、大家と店子の関係は終わったのさ。
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