身辺調査

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 ババアに言われなくてもさっさと帰るさ。俺に降りた閃きが、勘違いでないことを早くたしかめたいからな。階段を駆け下りたのは何年ぶりだろう。  錆をまぶした事務所の扉を、ノブも抜けよとばかりに勢いよく開けた。鍵を閉める間も惜しい。テーブルに載ったファイルを急いでめくる。これまでに積み重ねた調査の結果が次々にあらわれては消え、あらわれては消え。目的の資料にようやくだとり着いた。  やっぱり、そうか……。俺はマダムの真の目的を察した。    マダムの顔を拝むのはこれで三回目だ。例によってボロい事務所のソファで向きあう。  相変わらずの美しさだ。あつらえ物のように整った容貌は、不幸な生い立ちを聞き、とある秘密を知った俺には、以前と少し違って見えた。 「身辺調査をした結果を報告する。俺には三百万だとか五百万といった報酬を受け取る資格はないとわかった」 「持って回った言い方ね。要は、浮気の事実をつかめなかったということね」 「そうだ。あの二人の間に男女の関係はない」  浮気をしている、とマダムは断言した。浮気の根拠はマダムの勘だが、自分の見通しを正面から否定されれば、今までの行動からすると、逆上してビンタが飛んできてもおかしくない。あるいは、帰る。  だが、俺にはマダムが席を立たたずに会話を続ける確信があった。 「どうしてないと言い切れるのかしら。あの女のことはちゃんと調べたの?」  ほらな。本当に聞きたいのは、夫の浮気話ではないからだ。もちろん調べた、と返した声にマダムは前のめりになる。 「どうだったの。教えなさい」
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