身辺調査

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 マダムの頬がひきつり、細かく震えた。露わな動揺は、そうだと答えているのと同じだ。 「夫の浮気相手だから撮影したんじゃないな」  スーツ姿の由香理を見詰め、マダムは動かない。頬だけが、マダムの体から切り離されたように震え続けた。 「この先はジジイのざれ言だと思って聞き流してくれ。返事はいらない。問い質しても、正直に答えられるシロモノではないからな」  由香理の写真の横に、若き日のマダムの写真をならべた。 「似てるよな。切れ長でひと重の目。整った顔立ち。気の強そうな雰囲気までそっくりだ。遠藤由香理は、あんたの子なんだろ」  奥歯を噛みしめたのか。マダムの頬に硬い筋が走った。視線は相も変わらず、テーブルの上に固定されている。沈黙が長い。  俺はマダムが口を開くのを待った。声よりも先に、ふうう。長い吐息が俺の耳に届いた。 「ジジイで、事務所がボロで、テーブルに雑誌を山積みにしただらしないヘボ探偵と思っていたら、やってくれるわよね」 「俺はいつだってご婦人がたの予想を上回るからな」 「額面どおりに依頼をこなせば、すぐに結果の出る仕事だった。浮気はなかった。夫はつまみ食いをするが、写真の女はまとも。そんな結末を予測してた。まさか、私のことまで調べるとは思わなかったわ。それでも念のために頬を張ったの。理不尽な仕打ちに怒って、さっさと調査を切り上げたくなるように仕向けたつもりだった」
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