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「俺が引っかかりを感じたのは、あんたが二発目のビンタを放った時だよ。あの時あんたは、顔をしかめていた。舌でも噛んだのかと思ったが、うっかり由香理と娘の名を呼んで、しまったと思ったんだろうな」
「顔をしかめるのは、私のクセね。自分に不都合な発言をしたら、つい出てしまう」
マダムは顔を浅く伏せた。なにか考えをまとめているのか、左手首に巻いた時計にじっと視線を注いでいる。
俺はじっくりと、目と鼻と口が完璧なバランスで配置された顔を鑑賞させてもらう。人間観察は俺の趣味だ。動きをとめたマダムは、本当にフランス人形のようだった。
やがて額があがり、俺を正面から見据えた。引き締まった頬に決意のあとが潜んでいた。
「私、小説を書こうと思って。ちょっとストーリーを考えててね。人生経験豊富な探偵さんの感想を聞かせて。ろくでなしの女の話よ」
その女はバカでね。家出して、バカな男に引っかかって妊娠して。男が結婚しようと言ったのをバカみたいに信じて。舞い上がってるうちに逃げられて。本当にバカ。
堕ろせる時期はとっくにすぎてた。なんとか産んで、名前もつけずに捨てた。救いようのないバカだわ。
年を偽って夜の店で働いて、そのうち異様なフーゾクの店が居場所になった。そこで小金を貯めてスナックを開いた。
あわただしい毎日よ。でも、その女はどうしても子供のことが忘れられなかった。捨てたくせに、何度も何度も施設に足を運んで、こっそり様子を見るの。
捨てた子は女の子でね。幼くても顔がそっくりなのよ。切れ長の目なんて瓜ふたつ。
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