身辺調査

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 バカ女は、自分の顔を鏡で見るたびに泣いたわ。ひと重の吊り上がった目が映ると、子供が鏡の向こうから見てるように感じてね。  子供を捨てたことがいつまでもいつまでも気になって、おかしくなりそうだった。  その女は整形したの。顔を変えれば、過去も変わると思って。子供を思い出す切れ長の目は跡形もなく消した。  整形して数か月したら、女は運命の男と出会った。自分の店の客よ。  山師みたいな男なの。俺は絶対成功するんだ、なんて酔った勢いで言っちゃうような人。  でも誠実でね。この男と一緒に生きていけば娘のことは忘れられる、だなんて思いこんじゃって結婚したわ。スナックを店じまいして、二人で鉄板焼き屋を始めるの。  小さな店が大当たりして、支店をたくさん出すようになった。個人の店から会社に変えたあともどんどん大きくなって、お金にも恵まれた。  これで二人に子供でもいれば、女は捨てた子を本当に忘れられたかもしれない。  でも世の中って、どこかでバランスをとってるのよ。女は新しい子供が欲しくて欲しくて仕方がないのに、ちっとも妊娠しない。  女は自分のことは伏せて男に訊いた。そうしたら、中学生の時におたふく風邪をこじらせて、三日も高熱で動けなかったそうよ。それでタネなしになったのね。  残念がる女に男は言った。子供の代わりに会社を大きくしようって。  男は山っ気があるぶん、女も好きでね。ほうぼうで浮気をした。英雄色を好むだなんて自分で言うくらい、男もバカなのよ。しかも独占欲が強い。  女はそれでも男を愛したわ。どんなに浮気をされても、うるさいことは言わない。
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