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自分で生計を立てるより、男に頼って生きていくほうがいい。家庭に収まって、夫の帰りをじっと待つほうがいい。一人で寂しい夜もある。それでも長い間家族の温もりから遠ざかってた女には、幸せな暮らしだった。
高校を出てからぷっつり行方がわからなくなってた娘があらわれた時、女は驚いたわ。しかも、夫の会社の新入社員なの。
女は娘が戻ってきてから、ずっと悩んでる。娘に会って許しを請いたい。積もる話をしたい。でも、娘は怒って二度と姿を見せなくなるかもしれない。悩むのが苦しくて、死にたくなる時もある。
「はい。話はここまでよ。どう、悲しくてロマンチックな話でしょ。いろいろな人間を見てきた探偵さんにはどう聞こえたかしら」
「いかにもお涙頂戴のネタだな。ドラマや小説で腐るほど目にした。つまらんと一蹴されるのがオチだ。二度と人には言わないほうがいい」
俺はババアの言った「健気な子」というセリフを思い出していた。語り終えたマダムのしおらしいことよ。顔からは険が抜け落ち、高飛車な態度も、高慢な口調もすっかり影を潜めている。ビンタを含めて、これまで見せた姿すべてが演技だったわけか。
「今の話をネタに、私を強請る?」
「さあな。自分で考えろ。ひとつ、ヒントをやろう。俺が人生の終盤になっても、金にピーピー言っているのはどうしてだと思う」
「バカだからかしら」
形よく眉をあげ、微笑んだ顔に俺は見惚れた。おもしろい女だ。たしか、ババアも同じことを言っていたな。ババアのマダムへの評価は、いちいちうなずける。
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