身辺調査

44/44

32人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
 侮辱とも取れる俺の物言いに、マダムはようやく動いた。もともとさがっている目じりをさらにさげ、心底うれしそうに頬をかがやかせた。すぐさま、明るく高らかに声を放ち、大笑いしやがった。よほどにおもしろいのか、涙まで浮かべている。  しばらくの間、マダムの涙はとまらなかった。やがてバッグを開き、ハンカチを手にする。目じりを軽く押さえながら、何度かゆっくりと息を吸い、吐き出した。 「泣きたいのは俺のほうだよ。これだけ裏のある依頼は初めてだ。夫の浮気を口実に、とある女の身辺調査をさせる。手間を食うばかりか、約束した成功報酬は最初から絵に描いた餅。さらにはここまでタダ働き」 「そんなに嫌わないで。これを調査費にして」  ハンカチをバッグに収めた手が、レンガほども厚みのある封筒を取り出した。机がどんと重い音たて、四角いかたまりを受けとめる。 「なんだ、これは」  まさか千円札が詰まっているわけではないだろう。この分厚さ。本当に五百万が入っているのかも。 「念のために持ってきたのよ。ひょっとしたら、私のでっちあげた浮気がまことになってるかもしれないし。夫に秘密で用立てできる、精いっぱいの額よ」 「初めに言ったが、俺はあんたの依頼をこなせなかった」 「でもね、私の依頼をはるかに超える成果を出したわ」 「俺はいつだってご婦人がたの予想を上回るからな」 「またそのセリフ? ねえ、おじいちゃんの若いころは、そういうのがカッコよかったの?」 「ああそうだ。俺はいつだってカッコいいんだよ。この金は、あの子が起業する時の資金としてやれよ」 「どうやって。私は由香理の前に立つ資格なんてない」 「俺にいい案があるんだ。また俺に依頼するかい? かなり金のかかる仕事になるがな」 「いくらでも払うわ」 「ほお、そいつはすげえな。それじゃあいい案とやらを、今から考えないとな」
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加