すれ違い

1/1

579人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

すれ違い

 ……最悪だ。  あの夜はそのまま深い眠りに落ちて、目覚めた時にはチェックアウトギリギリの時間。  日中はしゃぎすぎて、かなり疲れていたみたいだ。  その後は朝ご飯を食べた後、二人で映画を観て、お茶をして解散した。  中村くんは全く気を悪くしている様子もなく、笑顔で接してくれていたけど、内心はきっとイラッとしたのではないか。  せっかくあんなに素敵なホテルを予約してくれて、甘い夜を過ごしたのに。  自分の愚かさに呆れる。  今度こそ愛想を尽かされてないだろうか。  もう私を相手にしてくれないかも。  とてつもないチャンスを逃した気分で、はあ、と盛大なため息をついて出勤した月曜。  オフィスには既に中村くんの姿があって、ごくりと固唾を呑み込んだ。  なんて声をかける?  週末はごめんね、なんて白々しいし、他の人に聞こえたら大変だ。  ここは、いつも通り挨拶だけでも。 「なか……」 「中村くん! おはよう!」  杉崎美香さんの溌剌とした声が響き、声をかけるタイミングを失った。 「おはようございます。杉崎さん」  爽やかな笑みを浮かべる中村くんに、杉崎さん達社員は、男女関係なく皆うっとりとしている。  もちろん、私も。 「くはっ! 朝から心臓に悪い」  杉崎さんは胸に手を当てて荒く呼吸していて、その気持ちがよくわかった。 「あのさ、後で部長から話があると思うけど、三橋重工の案件、私達ペアになったから」  キリッとした笑みを浮かべて杉崎さんは言った。  その言葉に皆声を上げて驚く。 「三橋重工!? 超重大案件じゃない!」 「数千万が動くぞ」  確かに、かなり大手の取引先だ。  社運がかかっていると言ってもおかしくないような、重要な案件になることは容易に想像できる。  そんな大きな仕事に抜擢されるなんて、やはり中村くんも杉崎さんも凄い。 「これからしばらく忙しくなると思うから、覚悟してね!」 「……わかりました」  どこか浮かない顔の中村くん。  プレッシャーを感じてる?  中村くんなら大丈夫、と言いたいけれど、オフィスでは距離を感じてしまい話しかけられない。  今度は私からデートに誘おうと思ったけれど、邪魔しない方がよさそう。  皆から激励や賞賛を受けている中村くんに背を向けて、自分のデスクに戻った。    
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

579人が本棚に入れています
本棚に追加