一線を越える夜

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一線を越える夜

「……だめだ。全然空いてない」 「こっちも全滅」  やっぱり皆考えることは一緒で、近くのホテルはどこも満室。  直接電話で問い合わせてみたりもしたけれど、一室も空いていなかった。 「やっぱりカラオケにしようか」 「……そうだな」  よく考えてみたら、二人きりでカラオケも充分ドキドキする。  大学時代のサークルや会社の皆で行ったことはあるけれど、二人きりは初めてだ。  素の中村くんがどのようにしてカラオケルームで過ごすのか気になる。 「……ねえ、亜依ちゃん」  カラオケ店へ向かって歩いている最中で、中村くんは急に立ち止まった。  それも、神妙な顔つきで。 「何?」  止まった場所というのがまた、微妙な感じで。  はっきり言ってしまうと、ラブホテルの前だ。 「……絶対何もしないから、ここにしない?」  そんな言葉に固まる。  ちょっとモヤッとした。  ラブホテルに誘われたことじゃなくて、「絶対何もしないから」の方に。  ……やっぱり私はそういう相手とは対象外だったんだと思うと、現実を突きつけられたみたいに悲しい。 「……いいよ」  だから自棄になってそう返してしまった。  何もしないならカラオケよりも快適だし、ゆっくり眠れる。  それに一室料金を割り勘にしたら、お財布にも優しいし。  吹っ切れたようにラブホテルに足を踏み入れる。彼はここでもスマートに入室手続きを済ませた。  ……こういうところ、慣れてるのかな?  彼女はいないはずだけど、そういう相手はいるってこと?  またモヤモヤしながら、部屋に入った。  中は結構狭くて、大きなベッドしかない。  何もしないといえど一緒のベッドで寝るの!? と、今更狼狽える。 「………………」 「………………」  ……気まずい。非常に気まずい。  私の心臓の音が、しんとした部屋に響いている気がする。 「……先シャワー浴びる?」  髪をかきあげながらそう呟く彼に色気を感じて、ごくりと固唾を呑み込んだ。 「お、お先にどうぞ」 「……わかった」  そう言って、中村くんはバスルームに向かう。  やがて水音が聞こえ、平常心ではいられなくなってきた。  こんなの、本当にラブホテルに来たみたいじゃない。  いや、本当に来たは来たんだけど。  なんだか頭はパニックで、混乱してきた。  
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