黒い虹

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 きっかけは、疑惑だった。彼が浮気をしているのではないかという疑惑だ。彼の些細な言動が、疑惑の元になった。そして次第にそれは確信に変わっていった。表向きはお互い幸せそうにふるまいながらも、彼は浮気を続け、私はその証拠を手に入れていた。  その頃から、また私には黒い虹が見えるようになった。いや、虹ばかりでなく、綺麗な青空さえ黒く見えるようになった。そんな黒い景色に背中を押され、私は、してはいけないことをしてしまったのだ。  少しネットで調べただけで、毒なんていうものは簡単に手に入るのだと知った。勿論、決行するのに躊躇はあった。けれど、雨の夜、ずぶぬれになりながらも幸せそうな顔をして帰ってきた彼を見て、私は衝動的に、彼が求めてきた水に、毒を入れた。  その水を飲んだ後、ありがとうと言って、彼は着替えようと思ったのだろう、自分の部屋に入っていった。暫くすると、ドシンと何かが倒れるような振動を感じた。それから、少し暴れるような音が聞こえたけれど、しばらくすると、聞こえなくなった。私は、身動きが取れなくて、ぼんやりと突っ立っていた。  どれくらいそうしていただろう。窓からうっすらとした光が差し込んできて、朝になったことが分かった。ようやく私は我に返り、よたよたと彼の部屋に向かった。ドアをノックしてみたけれど、返事はない。ゆっくりとドアを開け、倒れている彼を見つけた。力が抜けて、私はしゃがみ込む。苦しそうな彼の顔は、なんだか少し私を満足させた。だって私はずっと、苦しみ続けていたのだ。最後くらい、彼を苦しませたっていいではないか。  しばらくそうして彼の顔を見ていると、すっきりした気持ちになり、私は立ち上がって窓際に向かう。そして、あれ、と不思議な気持ちになる。  雨の上がった空に、黒い虹がかかっていたのだ。何故だろう。すっきりしているはずなのに。苦しみからは解放されたはずなのに。それなのに、虹は黒いのだ。  そうしてようやく気付く。私は、悲しいのだ。結局人に裏切られたのだということが。彼が生きているとか死んでいるとか、復讐できたとか、そんなことは関係ない。どんなに信用している相手でも、どんなに好きになった相手でも、結局人は裏切る。そのことが悲しく、苦しいのだ。そして、人間関係を最初から諦めていた昔とは違い、一度信じて裏切られたという経験と、その傷は、一生消えることはないだろう。だからきっと、私がこれから見る虹は、ずっと黒く見えるに違いない。もしかしたら、虹だけでなく、これからは空も、黒く見えるのかもしれない。そう思い始めると、空もまた黒く見えてきたのだ。  もう、それならそれで、いいのかもしれない。今の世の中、こんなものなのだと思えば、諦めもつくだろう。  私は振り返り、倒れたままの彼を見て、とりあえずこれからどうしようか、と思ったのだった。 
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