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black
色に例えるなら、俺は生まれたときから真っ黒だ。
どんな色とも混ざらない、飲み込むだけの、黒。
でも、白だけが……
いわゆる喧嘩で負けたことはない。
一対一の殴り合いはもちろん、複数人相手でも大した怪我はしない。
とは言え、人数差ってものが世の中にはあって。
しかも後ろに誰かを庇っていれば、分は悪い。
つまり。
つまんねーのに捕まってる知り合いを、出来心で助けたらこうなった。
痛ぇ…
何回やっても肋は痛い。
折れてるわけじゃなく、ただのヒビ。
それでも痛いものは痛い。
相手の中にうまくナイフを使う奴がいて。
刺されなかっただけマシだった。
「じゃぁね。大人しく寝てなさいよ」
そう言って出ていくのは、長年の付き合いの同僚。
呆れたような言い方をするのは、「仕事でもないのに何やってんのよ」って意味だろう。
俺たちはお互い公の機関には顔を出せない身の上なので、こういう怪我をした時は助け合うのが当たり前。
……つーか、この場に他の奴がいたら駄目なんだけど?
交代するようにドアの向こうから現れた小娘は、目が真っ赤だった。
化粧が落ちて、変な顔になっている。
清水の阿呆、一回本気でシメねーと…
女に甘すぎる。
「薫…」
「…………」
か細い声で名前を呼ばれてイラッとした。
ついに俺の部屋にまで入ってくるようになってしまったこの女は、この二年間ずっと俺を追いかけ回しては事ある毎に「好き」と言って迫ってくる迷惑女。
「……………」
「……………」
自分を庇って負傷した人間の前で、どうすればいいかわからないんだろう。
入ったはいいが動けず、俺の様子をうかがっている。
さっさと帰ればいい。
今俺は全ての状況にひどく苛ついていて、とにかくひとりになりたかった。
誰かが近くにいると、そいつに何をするかわからないような状態だ。
「何でいるんだよ」
我ながら冷たい言い方だ。
それが、こいつには堪えないのもわかってる。
今だって、ほら。
泣きそうな顔でこっちに来る。
座んのか、図々しいな…
ベッドサイドに置かれた椅子は、さっきまで同僚が使っていた。
そこに座って、さらに図々しくこっちに手を伸ばしてきた。
唇に触れる、指先。
「ごめんなさい……。痛いよね?」
阿保か、痛いのはそこじゃねーよ。
「帰れよ。………帰れ」
苛つきを我慢できずに、言い放った。
俺に寄るな、触るな。
ずっとそう言い続けているのに、どうして近付いてくるのか。
「……やだ」
出た、うざいやつ。
「うざいんだよ」
「…うざくても、まだいるもん」
「うぜー帰れ」
「やだ」
「はぁ……」
この女はいつも俺を苛つかせる。
本当に変な女で、好き好き言ってうるさいし、どんなにあしらっても懲りないし、上っ面じゃない本性を見せても引かないしつこさも含めて、どうかしているレベルだ。
「何なんだよ…」
もうキレそうだと思いながら言えば。
「……好きなんだもん」
泣きそうな顔でそんなことを言ってくる。
「……………」
……すげぇブス。
普通にしていたら、まぁまぁだし。
女子大生、若い。つまり。
他にいくらでもいるだろ…
自分の外見が人目を引くことは知っている。
それに合わせて、じじいに仕込まれた「新堂薫」という人物像。
一般的ではない風貌と、一見穏やかで丁寧に見えるはずの人柄は、今の仕事に向いているといえば向いていた。
それらをうまく使って狙った人間を引き寄せる。
少しの演技を混ぜれば、大体は容易く引っ掛かる。
そうやって生きてきた。
汚いことも、普通に出来る。
仕事だから、のひと言で。
それがまかり通る世界にいる。
でも、お前はこっちじゃないだろう?
もうずっとそうだ。
薫、と呼ぶ声が明るすぎるし。
隣に並んで歩くだけで、緊張していたはずだ。
好かれているとわかっていて言わせない男に向ける視線が、向けられる側からすれば真っ直ぐすぎて眩しいなんて。
知る由もないんだろう。
馬鹿だなー、こいつ。
いつもならそう言ってる。
でも今日はそういう気分にならない。
「お前さ、何がしたいの?」
「何が、って…」
「俺はお前のことは好きにはなんないって。何回も言っただろ」
言われるたびに、今だって。
そうやって痛そうな顔をするんだろーが。
もうさっさと他の男を探せよ。
なのに。
「………」
ぐ、っと唇を一度閉じてから。
「それは、わかってる」
わかってたら、こんなにしつこくしねーんだよ普通。
「じゃぁもう帰れって」
言っても動こうとしない、頑固な女。
その意地っ張り女の目から、涙が零れた。
……やめろまじで。
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「じゃぁ何で泣いてんだよ」
「泣いてない」
嘘つけ。
どう見ても泣いてるじゃねーか。
「あ~…もう……めんどくせ……」
こういうのは俺じゃないはずだ。
俺は。
女なんか好きにならない。
女だけじゃない、誰のことも好きにはならないんだよ。
誰かに執着するなんてことはあり得なくて。
当然、誰かを特別だと思うこともない。
俺と俺以外。
世界はそうできているから、俺以外は誰だろうとみんな同じだ。
俺を拾ったじじいも、同じ仕事をしてる訳ありな奴らも、俺にぶちのめされて俺を憎む奴も、小生意気なくそガキも、子供みたいな目で俺を見るあの女も。
同じだ。
なのに、何でこいつだけが…
「好きになってくれなくてもいいよ…」
「…………」
嘘つけ。
今まで散々、好きだって言ったろ。
それはつまり、好きになってほしいってことだろうが。
「心配なだけだから…」
だから何だよ。
泣き顔ブスの目が、俺の顔や腕に巻かれた包帯を彷徨う。
そうするうちにまた、新しい涙を流す。
「ごめんなさい…」
「……何が」
「迷惑かけたこと……」
「わかってんなら帰れ」
これ以上俺を苛つかせるな。
もう限界だ。
今までだって相当我慢していた。
もう無理だ。
でもわかってる。
この女は帰らない。
痛ぇな……くそ。
見ているとキレそうで、仕方なく顔を背けた。
「……か」
か?
「かえる……」
は?
帰る?
振り返った勢いが良すぎて、ビリビリと痛みが走った。
顔を背けたほんの数秒の間に小娘は下を向いていて、どうせまだ泣いているんだろう顔は見えない。
「あっそ…」
上の空の自分の声が、遠く聞こえた。
帰るって言ったか?こいつ。
さっきまで絶対帰らないって顔してたのに?
いや、帰る気だ。
立ったし。
ベッド上で座ってる俺から見える顔は、下を向いて誤魔化そうとしてるらしいが残念ながら見えてる。
はっきり言って酷い。
そんなに泣いたくせに、帰るのか。
結局お前も、離れていくのか。
「ほんとに、ごめんなさい…」
そう言って、足元のバッグを拾おうとする。
痛む肋の奥の何か、が。
動いた気がした。
逃がさない…
反対の手を掴む。
驚いたように竦んだ身体を、構わず引き寄せる。
「…ゃっ……」
小さな悲鳴が聞こえた次の瞬間には、小娘は腕の中にいた。
いっ………てぇ………
考えなしの行動の、当然の結果。
呼吸が早く、浅くなる。
もう1ミリも動くまいと思っていたら。
「…え、もしかして死んだ…?」
腕の中から、馬鹿なセリフが聞こえてきた。
現実が信じられなくて、自分が死んだと思っているらしい。
「………はぁ…バーカ。ほんとバカだな…」
信じられないのはお前だよ。
どこまで能天気なんだっつーの…
自分が今どんだけやばい状況か全くわかってない小娘は、もぞもぞ動いて至近距離で俺を見上げてきた。
うわっ、ブス。
普段のまともな面影ねーぞ…
しかも。
「…か、薫ちゃん…?」
「…………」
言うたびやめろと厳しく指導してるはずの、ちゃん呼ばわり。
再びイラッとする。
「ちゃんはやめろって何回言ったらわかるんだよ?」
いい加減にしろと言う意味で、小さな鼻を摘み上げた。
「い、いたっ」
痛くしてんだよ。
俺も痛ぇの、思い知れ。
ぐいぐい引っ張ってやったら、小娘は逃げようとして抵抗を始めた。
押されたらこっちも余計痛い。
「やめへ、いひゃぃ…」
変な顔。ブス。
なのに、そんな顔にざわざわするのは何なんだ。
もう泣いてはいない。
でも、涙目。
「かぉる、やめ…」
そこから自分が何を考えたのか全然わからない。
手を離したら、反動で小娘が仰け反った。
一瞬、また離れようとしてるのかと思って。
逃がすか。
痛みを無視して、追いかけた。
どうしてそうしたのかは本当にわからない。
キスしながら、小娘の目が驚きで見開かれるのを見てた。
あつ……
唇のその熱が、小娘の焦りを反映しているようで。
何だか気分がよかった。
一度離れて、また重ねて。
待って、と言われるまで。
そうしていた。
いてーな…
また押し戻そうとするから、ズキズキする。
もちろん顔には出さない。
多分こいつは、俺の肋骨にヒビが入っていることを知らない。
「薫ちゃ…か、薫?なにしてんの…」
そんなこと言って、わからないなんてありえねーだろ。
お前、幾つだよ?
「キスだけど文句あんの」
当たり前のことを言ったら、小娘は真っ赤になった。
どうでもいいけど、泣きまくってブスになった顔が真っ赤って。
もう笑えてくるわ…
文句はないというので、続けようとしたらまた「待って」。
「…何で?」
「何でって……な、何でキスするの…?」
そんなの。
「したいから」
他にあるかよ?
何驚いてんだよ。
「はぁ……もういい?」
「い!?いく、ない」
…あーもう面倒になってきたわ。
「じゃぁもうしねぇ」
肋痛ぇし…何回かしたら、とりあえず気が済んだし。
「えっ」
えっ、って何だよ…
つーか、その顔……それは嫌って書いてあるじゃねーか。
もう無理だった。
吹き出した。
「何なのお前………面白すぎる…」
痛いのに。
止まらない。
やばい、震える…
「…笑ってるの?」
…笑ってねーよ。
でも震えてしまう。
「笑ってな…」
「うそ!笑ってるよ!?」
あーもー。
「……笑ってねーよ……ブハ!!」
「ちょっと!」
勘弁しろ。なんだその顔。
「だってお前…、何そのふくれっ面…」
「か、薫のせいでしょ!?」
「…ふっふふ…は、鼻は赤いし?」
「!それも薫のせいじゃんっ」
あー、引っ張ったから?
「もう、もう…っ」
拳を握りしめて、俺を叩こうとして。
はっとして、固まった。
さすがにそれはまずいと気付いたらしい。
俺の見ている目の前で、焦って迷って。
また、涙目になった。
「うぅ…っ、もう帰る…」
…言うと思った。
追いかけてる時は図太い強さのくせに。
追われると途端に弱くなる。
そういう女だ、こいつは。
たぶん、追われるのに慣れてない。
「駄目」
「だ、だめ…!?」
ほらな。
「うん、駄目」
「な、なん…」
「何なの?」か?
…別に何でもいいけど。
とりあえず。
「決めた。もう離さないから、早急に諦めてくれる?」
そう言った。
目の前で。
目を見て、言った。
「…なにいってんの…?」
あ、理解不能って顔になった。
でもそれじゃ困る。
理解してもらわなきゃ困るんだよ。
とりあえず。
「俺は普通じゃない」
まぁ、自覚もあるけど。
お前は普通じゃないってじじいがよく言ってるから、そうなんだろう。
「……知ってるよ」
…あ、そう。
「誰かを大事にできるような人間でもない」
何しろ、誰かを大事にしたいと思ったことはないもんで。
今までは。
「…そんなことないもん」
「…………」
「…なに?…ほんとのことでしょ」
「…………」
この目は、言っても聞かないやつ。
こういうところは強い。
まぁいい。
それから。
「…俺は誰かを、特別に好きだと思ったことはねーよ」
「……そうなんだ」
そうなんだよ。
どうでもいいんだ、他人のことなんか。
興味もない。
……なかった。今までは。
なのに。
「でもお前が離れるのは何か嫌」
「…う、嘘ぉ…」
嘘じゃねーよ。
俺だって嘘だと思いたいけど、嘘じゃないんだよ。
でも小娘は信じてない。むしろ。
すげー疑ってんな…
信じたいけど、信じられなくて困ってる。
そういう顔。
これは言うしかねーな…
「……雪音、信じて」
嘘じゃない。
「うん…」
小さく頷いて、また一粒涙が転がり落ちていった。
さて、どうするかな…
考えてたら。
「あの、薫……ほんとに……?」
ほんとだって。
「一応」
「……ねぇ、ほんとに!?」
…しつこい。
「たぶん」
「もうっ、薫!」
すぐ怒るし。
「んー…」
じゃぁ。
「キスしよっか?」
この路線でいくか。
俺まだ「薫」だしな。
「し、しないっ」
そんな、赤くなって?
「ふーん、あっそ」
そう言えばほら、何だその顔。
したいんだろ?
「…………」
「…………」
「…うそ。…しても、いいょ…」
ほらなー?
あーぁ…良くねーな、これ。
癖になる。
…でもまぁ、いいか。
痛みを堪えて引き寄せれば。
控えめにでも、自分から寄ってくる。
この世の中でこいつだけが、何故か目に付く。
「かおる…」
「……ん」
返事をして。
今度はお互い、目を閉じた。
*****
ここまでお読みくださり、ほんとにありがとうございますm(__)m
この、妄想の果ての部分カットなお話(;^ω^)
どうだったでしょうか…
時間がかかったのはやっぱり薫の方でした(・∀・)
雪音は一晩で書けましたが、薫は二晩w
頭の中を薫にするのに時間がかかりました(*´∀`)
欲を言うと、もうちょっと進みたいなぁ…
チューしかしてないしなぁ…(*´艸`*)
なんて考えてるのですが(・∀・)
んん~、また書けそうなら続けようかな?
この二人の組み合わせも他にないので、けっこう楽しくて(゚∀゚)
気が済んだのもありますが、ネタができたらまた書くかもですw
というわけで、どうもありがとうございました♡
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