mauve

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9.  薫、って。 呼ぼうとしたとこに、また。 降りてきた唇に、声ごと奪われた。  えっ…  唇の隙間から入ってきたのが、薫の舌だって。 気付いたら、全身がざわざわって、なって。 驚きすぎて、固まった。   お、大人のキス、だぁ……  知らなかったわけじゃなくて。 二十歳にもなったら、経験はなくてもいろんな話だけは聞くから。 もちろん知ってた。 何なら、女子高時代に山程仕入れた知識で、薫とのそういうのを想像したことだってある。 でも、想像には限界があって。  こんななんて、知らなかったし…  普通に考えたら、他人の舌なんて絶対キモチワルイはずなのに。 口の中で動き回ってる薫のは、熱くてぬるぬるして、でも。 嫌じゃないし、むしろ。  気持ちいい…  どうしたらいいのかなんてわからないから、薫の動きを真似するみたいにしてみた。 そしたら頰を押さえてた薫の手に力がこもって。 キスが、深くなった。 「……ふ、……ぅん、ん…」  声、っていうか。  音で零れる、気持ちよさ。  もっと、もっと……  気付いたら、薫と見つめ合いながら、してた。    その金色みたいな目がすき。  綺麗な顔も、低めの声も。  意地悪だけど、実はやさしいところも。  だいすき…  そういうのが全部、伝わればいいと思った。 「…ぁ、は、…はぁ…」  唇が離れた時、私だけ息が上がってた。 薫は涼しい顔で、また笑ってる。 「…どーよ」 「どー……?」 「したかったんだろ?」  キス、って言う薫。  したかったよ。 すごくすごく。 したかった。 だって好きだから。 でも、不安だから。  そのなの、わかんないんだろうなぁ…  楽しげな顔を見てて思う。 薫はたぶん、そういうありふれた感情では動いてない。 「……薫は?」 「ん?」 「したくなかったの?」  いくら私がしたくたって。 薫にその気がなかったら、したくない。 嫌々されるキスなんて、惨めだ。 「私はしたかったけどさ…薫は、ほんとはしたくないとかだったり…するの…?」 「…………」 「…………」  こんなの訊いたって、本心なんか言うわけない。 薫は、私の手になんか絶対に負えない人。 それでも、私の気持ちとか疑問とか、ぶつけるたびに反応はしてくれるから。  何か言ってよ…  無視されると、本当にどうしようもない。  後がなくなった私の視線を受けて、薫はまたため息を吐いた。 「お前には、俺はどう見えてんの」 「…え?」 「俺が、したくもないことをする男に見えんのか?」  仕事でもねーのに、って。 面白くなさそうに言う。  それって? 「じゃぁ、薫はさっきの……は、したいと思ってしたってこと?」  私とキスしたいと思ったってこと?
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