mauve

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7. 「薫、私…」 「心配しなくても何もしねーよ」 「え…」  しないの? 「具合が悪い奴に襲いかかるほど飢えてない」 「……あ、そうか」  私、今熱があるんだっけ。  だからここにいるわけで。 混乱して、そんなことも忘れてた。 「寝ろよ。俺も寝るし」 「え、あの、でも」 「……んだよ…何が不満?」 「不満ていうか…その」 「…………」 「あ、汗かいちゃったから…薫が嫌かな、って」 「あー、そんなこと」  …そんなことじゃないと思う。  こんなにくっついてたら、絶対汗臭いはずで。 そう思ったらもう、こっちは気が気じゃないのに。 「俺は気にならねーから、お前も気にすんな」 「え、えぇ〜…」 「それとも着替えたいってこと?」  そっち?って訊かれても、着替えなんか持ってない。 目が覚めて何やかんやしているうちに、空調の効いた部屋の中ですでに汗も引いてしまった。 「そうじゃないけど…」 「無いけど何」 「……変なにおいとか、…してない?」 「…………」  うぅ、こんなこと訊く羽目になるなんて。  恥ずかしすぎてまた顔が熱くなった。 ひとり悶えてたら、すんすん、て音がして。 固まる。 まさか。 「……別に臭くねーし」 「嘘でしょ薫ちゃん…今私のこと嗅いだ…?」 「ちゃん言うな」 「何してんのぉ…!」 「こっちのセリフだ。やめろまじで」 「……!」  昨日、お風呂で。 淋しいデートの結末を思い出したら髪の手入れなんてどうでも良くなって、寮のお風呂の備え付けの安いシャンプーでガシガシ洗った。 おまけにトリートメントもさぼったから、髪もボサボサだ。 それなのに、よりによって髪の匂いを嗅がれてしまった。 「…………っっ」  だって薫と2日連続で会えるなんて思わなかったんだもん! そんなこと今までなかったし、今日熱が出るのだってわからなかったし、まさか薫の部屋に運んでもらえるなんて思わなかったんだもん!  こんなことになるなら、もっとちゃんとやっておくんだった。 と、後悔してももう遅い。 「……なぁ、なに震えてんの?」 「違う…」 「何が。また熱上がってんじゃねーの?」 「違うってば」 「…こっち向け」 「やだ」 「……あのなぁ」 「やだもう寝る」 「…………」 「…………」  あぁまたやってしまった。 いつもこう。 空回りばっかりで。 ひとつもうまくいかない。 涙が一筋、音もなくこぼれる。  薫、呆れたっぽい…? もう、嫌いになりそう?  考えて、怯えて。 いつもこんなことばかりだ。 だから。 「雪音」 「!」 「こっち向け」  呼ばれて、肩を引かれて。 その上から覗き込むみたいに薫が近づいてきた時。 「や、やだ…」  思わず顔を背けてしまった。
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