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* 「……お金、じゃない?」  美帆の問いかけに、男は微笑みながら「はい」と頷く。 「じゃあ……なに?」  自分の身体に危険を感じ、美帆はもう一歩後ろに下がった。 「そういった肉体的な意味でもございません。先ほども申し上げましたが芹沢様の身に危害を加えるつもりはございません」 「……じゃ、じゃあ……?」 「貴方の寿命をいただければと思います」 「寿命!?」  その言葉の意味することがわからなかったが、美帆は全身に鳥肌が立ったことがわかった。 「はい。戻る日数1日に対し、貴方の寿命を100日いただきます」 「一日あたり寿命100日の……? じゃあ100日戻ると……?」 「はい、100日掛ける100で、10000日となります」  10000日、と言われても美帆にはピンとこなかった。それは一体何年分のことなのだ。  何から計算すればいいのか、美帆は冷静になることができなかった。閏年はどうなるんだろう、と気にするべきではない疑問が頭の中に浮かんでは消えた。 「芹沢様は200日戻られましたので……、寿命を20000日分いただきます。閏年をサービスで省かせていただき、20000日を365日で割らせていただくと……」  美帆の頭はもう計算する余裕がなかった。 「54年と290日ですね。ご利用ありがとうございます」 「ご、54年……ってそんな! ひどい! ひどすぎる!」 「そう申されましても……我々も商売ですから」 「やめて! 来ないで!」  美帆は逃げようとしたが、その瞬間、全身に電流が走ったような感覚があった。美帆は自分のカラダを動かすことができなくなった。    周囲に夜の(とばり)が落ちたかのように闇に包まれた。真山や周囲にあったはずのすべてが見えなくなった。  この暗黒の空間に美帆を助ける者はいなかった。  恐怖のあまり美帆は大声あげて叫びたかった。  しかし身体は動かない。  声も出せない。  涙も出ない。  男はゆっくりと美帆へと近づいてきた。  美帆の前に立ったかと思うと、男は微笑んだ。  男は美帆の腰に腕を回すと強引に抱き寄せた。そして、もう片方の手で美帆の顎を引き上げた。そのまま男の唇が美帆の唇を奪った。  その口づけの瞬間、美帆は自分の体内から何かが消えていく感覚があった。全身の力が抜けていく。今まで体験したことのない不思議な感覚だった。 「決裁完了」  男が唇を離すと、美帆は糸の切れた人形のように倒れた。 「芹沢様?」  男は美帆の苗字を呼んだ。  返事が返ってくることを期待したわけではない。男は、美帆がもう返事をしないことを知っていた。ごく形式的に呼んだだけだった。 「芹沢様は71歳までしか寿命なかったようですね。54年分いただいた結果、寿命が尽きてしまったようですね」  男はそう述べると、横たわる美帆に一礼した。 「この度はご利用ありがとうございました」  男が顔をあげると、闇に溶けるように男は消えていった。二人を包んでいた闇の帳は消えた。  空中で止まっていた葉が揺れて、アスファルトの上に落ちた。
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