3

2/2
前へ
/12ページ
次へ
 美帆は十一月からずっと記憶を維持することは困難であると考え、ノートに可能な限り、二次試験の問題と大まかな解法をメモした。  共通一次で苦手の数学と日本史でどのような問題が出てくるかをメモした。さすがに完璧に数式や問題分を覚えることはできないが「何度も同じ問題を解いた」という経験は有効で、対策していた昨年の過去問を解くときも今でも記憶は生きていた。  何が出るかわかれば、その分野の問題ばかり解いて実力を高めることもできる。美帆は苦手であるベクトル、複素数、微分積分の問題にも取り組んだ。日本史で出題されるとわかっている明治・大正の限られた範囲を徹底的に読みつくした。  ついこの間まで「お先真っ暗だ」なんて言っていた自分がバカみたいだと美帆は笑うことができた。  十一月の進路相談で、美帆はH大を志望大学と書いて、担任の小沢(おざわ)に提出した。  十月の模試では名前すらあがっていいなかった難関大の名前を見て、小沢は苦笑した。 「おい、芹沢、もう十一月なんだ。いまはふざけてる時期じゃない」 「ふざけてないですよ?」 「じゃあ、これはなんだ? H大は国立だぞ。ウチの高校からは年に数人しか受からない」 「その一人に私がなるんですよ」  あっけらかんと言う美帆に小沢はため息をつく。 「芹沢……この間の模試じゃN大でもC判定だったんだぞ。まずは現実を見ろ」  その言葉に美帆は「現実?」と一言呟いてから、 「先生、現実は見るんじゃなくて、変えるんです」  自信に満ちた表情の美帆に小沢は何も言えなかった。ついこの間まで自信なさげだった芹沢がなぜ突然こんなことを言い出したのかわからなかった。  その揺るぎない強気な瞳が放つ光に、小沢は何か恐怖に近いものをわずかに感じたが、何も言うことはできなかった。  その後、美帆はそれまでの模試を遥かに上回る点数を共通一次で記録し、大学合格を果たした。   そして、春になった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加