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 桜は既に葉桜へと変わり、五月の涼しい風が優しく感じられる季節になった。  午後の授業を終えた美帆が四号館を出てくると、背の高い男が美帆に向かって手を挙げた。 「ごめん、ちょっと友香たちと話してたら遅くなった」 「別にいいよ。それより今日どうする?」 「あ、玲斗はバイトない日だっけ? どうしよっか。カラオケとか久々に行くー?」  真山玲斗と同じ大学に合格した美帆は、高校の卒業式以降、つきあうことになった。この日もこうして同じ大学キャンパス内を二人は並んで歩いていた。  すべては美帆の願ったとおりのことが現実となった。  美帆は真山と大学からのゆるやかな下り坂を歩き始めた。 「あ、美帆さ、来月誕生日だよね?」 「うん。ちゃんと覚えてたんだ?」  からかい気味に笑いながら、美帆は自分の誕生日を知ってくれていたことを嬉しく思っていた。 「覚えてるよ。それでさ、もし美帆さえよかったら――」  その続きを聞きたいと美帆が真山の顔を見たときだった。  風が吹いた。美帆の前髪が舞い上がった。思わず髪を押さえたとき、美帆は足を止めた。 「あれ?」  真山が足を止めていた。  いや、止めているのは足だけではない。真山は動画を止めた状態かのように止まっていた。 「ちょっと! 玲斗、どうしたの?」  真山の肩を叩いたが、彼は動く様子はなかった。   美帆の周りを歩く学生たちも動くことはなかった。よく見ると、木の葉が空中に浮いたまま止まっていることに美帆は気がついた。 「待って。なにこれ……? どういうこと?」  後ずさりをしながらそう呟いたときだった。 「芹沢美帆様」 「ひいぃぃっ!」  背後からの声に美帆は悲鳴をあげた。  驚きのあまり、腰を抜かしてアスファルトに倒れこみながら美帆は後ろを見た。  そこに立っていたのは男だった。  黒いスーツを身に纏い、黒い淵の眼鏡をかけた、黒い髪の痩身の男だった。
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