12.強く優しい吸血鬼*

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12.強く優しい吸血鬼*

 はて、自分は一体何をしていたのだったか。  ジョシュアはぼんやりとした頭で天井を見上げていた。ほんの少し前、ミライアに言われてくだんの変態赤毛と合流した所まではすぐに思い出せたのだけれども。その先がどうしてだかあやふやだった。  赤毛の魔力の所為なのか、それとも自分が緊張し過ぎて記憶が飛んだのか、原因は分からない。どうしてだか記憶が曖昧だった。  けれどいつまでもこうして床にに寝転がっている訳にもいくまいと、そう思ってジョシュアは起き上がろうとした。だが、出来なかった。何せ手足が動かないのだ。  何やら嫌な予感がして頭を持ち上げようともしたが、顔すらも自由に動かない。どうやら顎下を押さえ込まれているらしかった。  いよいよ背筋に寒いものが走り出した。  何かがすぐそこ、自分の左側の首筋から上半身かけての辺りに居ることに気がつく。  しかもそれは、鼻息も荒く自分の首筋に顔を近づけているらしく。あまつさえ、甘噛みされているような感覚もじわりじわり伝わってくる。  気付いてしまった瞬間、ジョシュアはゾワッと一気に鳥肌が立つのを感じた。こんな事をやらかしそうな奴なんて、ジョシュアが思いつく限りは一人しか知らない。違っていたらそれはそれで恐ろしいが。彼には確信があった。 「っおい、“赤毛の”! お前だろ、おい!」  ジョシュアが必死で呼びかけるも、反応が無かった。いよいよ危機感を覚えたジョシュアは本気で暴れ出すが、相手の馬乗りから抜け出すのはそう容易ではない。ましてや赤毛との体格差だ。実力差まで含めると、それはもうどうしようもない。一刻も早く、男が正気に戻ってくれるのを祈るばかりだった。 「おい! おい! っ、このーーっ!」  ジタバタとその場で激しく蠢いてはみたが、ただ体力を消耗するだけだ。首筋に感じる男が少し、迷惑そうに顔を引いた気がした。ならばあと少し。ジョシュアは一層暴れた。  そして、とうとう、そんなジョシュアの願いは聞き届けられた。呆けたような声が、ジョシュアの耳に入った。 「んあ?」  迷惑そうに顔をしかめながら、赤毛は上半身を起こした。相変わらず、ジョシュアを拘束しているその手は退けられそうにはなかったが。ひとまず危機は脱したようである。  赤毛はどこか、寝惚けたような表情をしていた。 「っおい、しっかりしろ、あんた何やってんだよ! 退け!」 「へ?」  畳み掛けるようにジョシュアが更に叫べば、赤毛の視線がジョシュアに向く。 「あれ……、ああ、そっか、俺が血ィ飲ませてたんだっけか」  ハッとしたような顔でジョシュアを見下ろした赤毛は。悪びれもせず、目の前で可笑しそうに笑ってみせたのだった。何とも苛立ちを覚えるような表情ではある。けれど、普段通りらしい赤毛の反応に、ジョシュアがホッとしたのは確かだった。 「あははは、ごめんごめん、俺、つい興奮しちゃってぇ……俺に殺されなくて良かったね」 「勘弁してくれ……それより早く退いてくれ、“彼女”も待ってる筈だ」  顔を引き攣らせながらジョシュアが言えば、赤毛は素直に退く――事は無かった。 「……おい“赤毛の”、早く退いて――おい?」  正気に戻ったのだから当然、この家を去る為にとっととジョシュアを起こしてくれるものだと思っていたのだけれども。  いくら言っても待っても、赤毛はこの体勢を改める気がないようだった。いよいよ嫌な予感を覚えたジョシュアは、顔を顰めながら赤毛を見上げる。  赤毛は相変わらず読めない表情で笑って、何か含むような視線をジョシュアに向けてくる。  そして再び、ゆっくりとジョシュアに顔を近付けてきたかと思うと。口の隙間から赤い舌を覗かせながら、赤毛はいやらしく言った。 「こうして君に色々教えてるんだし……血、飲ませてくんない?」  言われてジョシュアはポカンとしてしまう。同族である自分の血など、先程ジョシュアが呆けて居た時にでも飲んでしまえば良かったのにと、思わないでもない。  ジョシュアも、ミライアから血液を与えられる事がある。頂戴する人間が近くにいないような時に限界になり、仕方なく、である。あくまで仕方なく与えられるようなものなのだ。それを、この男は飲みたいのだという。随分と奇異な男だ。ジョシュアは少しだけ訝った。 「血……? 何でそんな事を聞くんだ。お礼も何も、吸血鬼の血なんて飲んだって……」  ジョシュアが思った事を口にすれば、赤毛は更に笑みを深めて言う。 「んー? 特に意味はないよ、何となく。君押したらイけそうだし」 「は?」 「ね、イイよね? さっき俺の分をわけてあげたんだしー、物々交換てことで」 「えっ、おい! 待て待て、俺はまだ何も返事してなぁ――!?」  素直に話を聞いた自分が馬鹿だった、なんてジョシュアが後悔する暇もなく。赤毛は一切の躊躇もなく、その首筋に噛み付いて見せたのだった。 「ぐぅーー」  鋭い痛みこそ感じられなかったが、ジョシュアは身体から血液が吸い取られていく感覚に思わず歯を食い縛る。あの時、ミライアに殺された時の事が自然と思い出されてしまって、頭がクラクラと揺れた。  いくら死なないと頭で解ってはいても、後で種明かしをされたとしてと、その時に植え付けられた恐怖はそうそう忘れられるものではない。  口を塞がれている訳でも無いのに呼吸が苦しい。ジョシュアは身動きもとれず、目をギュッと瞑って息苦しさに喘いでいた。  そんな時だ。 「ああ、噛み締めちゃあダメだよ、ほら、全身を楽にしてぇ」  それに気付いたのだろう。赤毛は言いながらなんと、ジョシュアの口の中に指を突っ込んできたのだ。その食いしばっている歯をこじ開けて、奥の方まで指を突っ込んだのだった。  侵入してきた指に思わずえづく。そんなジョシュアを宥めるかのように、赤毛は先程まで歯を突き立てていた首筋から耳にかけてを、その舌でベロリと舐め上げた。何やら別の行為を連想させるようなものであったが、ジョシュアは気付けない。  傷ついたそこに口付けたり、甘噛みしたりと、赤毛は随分好き放題にしている。息苦しさに喘いでいる中、首筋を集中的に襲う妙な感覚に、ジョシュアは震えた。もう、何が何だか分からないのだ。捕食対象として自分は今、食われている。そう思うと、これは仕方のないことのように思えた。  そうやって背筋を震わすジョシュアに、赤毛はただ目の前で笑う。 「そうそう、あんま力入ってると痛いから、リラックスねぇ……普通はコレだけで気持ち良くなっちゃうんだけどなぁ……ま、同族だし仕方ないか。俺の方はもう、匂いだけでイイんだよなぁ」  そう囁くように言う赤毛は、まるで酔っ払ているかのようだった。先程のように正気を失う事こそなかったが、余程興奮しているのだろう、鼻息も荒く、目の前の獲物に舌舐めずりをしている。 「やっべぇ本気で勃ってきた……、いつもならこの後ヤッちゃうんだけど……あー、どうしよう」  すっかり縮こまってしまっているジョシュアは、その呟きに気付けない。指を突っ込まれて呼吸を手助けされながら、ただ目を瞑ってその終わりを待っていた。  相変わらず、愛撫でもするようにその首筋を舐めたり噛んだりしながら、赤毛は考えていた。この耐え難い欲をどのようにして発散すべきか、と。のぼせ上がったような浮ついた声で独り言を言う。 「今ヤッたら抱き潰しちゃいそうだわ……でもそんなのヤッたら姐さんにガチで殺されるしーーああ、それじゃあしょうがない。……ねぇ、“影の”? 今の俺、頭に血ィ登り過ぎてるから俺の血もあげとくね? 君、少し弱っちすぎだし、俺の血も飲んどけば、少しは足しになるよね、きっと」  そう、口にするや否や。  赤毛は自身の舌に牙を突き立てて傷を付けると、目を瞑って顔を背けているジョシュアの口許へと顔を近付けた。  己の舌を突き出して、わざとらしく血を滴らせる。すると、拒絶するように顔を背けていたジョシュアが少し、反応した。かぐわしい血の匂いにつられ、赤毛の指に歯を立てていたその力が少し緩む。そして同時に、赤毛の舌先からジョシュアの口の中へ、ポタリと血の雫が滴る。その瞬間、ジョシュアの喉がゴクリと鳴った。  いくら拒絶しようとも、半端だと言われようとも、ジョシュアはやはり吸血鬼なのだ。血液の誘惑には敵わない。  誘われるように、その舌で血液をさらった。指で押さえ込まれていた舌を蠢かせて、その拘束から逃れるように動く。ようやく薄ら開いたその目には、目の前に差し出された真っ赤な血液しか映らなかった。  まんまと引っかかった事にニヤリと笑う赤毛の、薄ら上気したいやらしい顔だとか、今自分がどんな状況にあるのだとか、そういった事は全てどうでも良くなってしまったのだ。  本人も気付かぬ内に、常に飢餓状態になってしまっているジョシュアは、与えられる血液には我慢が効かなくなってしまっている。ミライアがジョシュアから目を離さないのは、そういった所に原因もあったりするのだが。余りにも頑固に血を拒絶するものだから、荒療治とばかりに赤毛にジョシュアを預けたミライアの判断は、間違いではなかったのかもしれない。ジョシュアは思い知るのだ。吸血鬼の耐え難い欲というものを。  ジョシュアの口から指が抜き取られるのと同時、解放された舌は血液を欲してその首をもたげた。拘束から解放されたジョシュアは、自由になったその顔を持ち上げたかと思うと。何と自分から、赤毛の舌に齧り付いたのだった。最早自分が何をしているのかすら解っていない。誘われるがままに、ただその血を欲したのだ。  きっと、内の吸血鬼としてのジョシュアが満足するまで、その欲は止まらないだろう。そして、それを利用して自分の好いように彼を誘導しているのは赤毛だ。全て強要している訳ではない分、タチが悪い。きっと後で文句を言われても、赤毛は無罪を主張するのである。自分は少し手伝っただけ、誘ったのはジョシュアの方であるのだ、と。  戦いを好まない軟派な赤毛が、今の今まで生きてこられているのは、そうしたこの男の能力故なのである。ヘラヘラと相手を油断させ、その上で観察して好いように操る。人間どころか、そこいらの吸血鬼ですら、彼の手にかかればあっという間に彼の掌の上。ジョシュアが敵う筈もなかった。  傷付いたその舌に牙を立て、じわじわと溢れくる血を舐め取る。ジョシュアはそうして少しずつ、赤毛の血を摂取していった。舌からでは、肌に直接突き立てる程血が出る訳ではなく。ジョシュアが満足する量の、血液を取り込むまでには結構な時間がかかるはず。それを利用して、実は赤毛がその間に自慰などしくさっているだなんて、すっかり夢中になっているジョシュアは想像もしないのである。  じゅるじゅると音を立てて強く吸い上げてしまうと、赤毛の身体が震えた。血液と共にその唾液まで飲み込んでしまっているだなんて、ジョシュアは気付きもしない。最早身体の拘束は解けており、自由になったその腕を赤毛の首に回して、いっそ自分から引き寄せている。それはもう、赤毛の思う壺なのである。 「ふ、ーーーーッ」  その後一度、赤毛がぶるりと身体を震わせた後で。突然、赤毛はジョシュアを再び床へと押し倒した。  己の舌に突き立てられていた牙を抜き、ジョシュアの口のナカを刺激する。ギョッとして縮こまる舌を吸い上げ、舐め取り、薄ら血液の味のする堪能していた。慣れた様子で深く深く、口付けた。 「ん、んんッーー」  時折鼻から漏れる声には、明らかに快楽の色が見られる。好色でその手の遊びをやり尽くしている赤毛には、ジョシュアの好いトコロなんてバレバレなのである。触るところ触るところ全てが、快楽に塗り替えられていった。 「ん、はあーーッ」  今度は逆に舌を吸われ、タイミング良く開放された口からは声が漏れた。そうして何度も噛まれ吸われている内に、ジョシュアの下服に赤毛の手がかかった。  慣れた手つきで前を寛げてしまってから、赤毛は口付けを中断して上半身を持ち上げた。既に剥き出しになっていた自分のモノを、緩く反応していたジョシュアのそれに重ねた。二人分のそれを手の中に収めて刺激すると、さすがに快かったらしい。ジョシュアのものも段々と、赤毛のそれと同じ程に育っていった。 「んぅ、……はッーー」 「ああーー、ほんっと姐さんも酷い事言うよねぇ。この俺に我慢しろだなんて……っん、俺が、なーんでこんなセックスばっかしてるのか、知ってるくせにッーー」  すっかり興奮し切った様子で口も手も動かす赤毛は、最早すっかり正気ではないようだった。吸血鬼の本能にも近い、闘争心をすらチラつかせながら、少々乱暴に自分を高めていく。 「あんまり俺を舐めてると、このコ本当に襲っちゃうぞぉーっと、」  舌舐めずりをしながら牙も剥き出しで、赤毛はすぐ下で喘ぐ男を見下ろしていた。赤毛からすれば随分と弱っちい吸血鬼ジョシュアは、すっかり弱味も剥き出しで、まさしく赤毛の掌の上で踊っている。けれども何やら妙な頑固さがあるらしくて、殺されても好き勝手にされても穏やかな性質に変化が無い。裏表の少ない、この世でも随分と珍しい人種だ。  そんなジョシュアに引き合わされて、しかも面倒見まで押し付けられてしまって、赤毛は何とも言えない感情を覚えている。人間くさくて甘っちょろい。見ているだけで、この男のゆく先が不安になる。  けれども、相性が無駄に良い所為か、はたまた吸血鬼に似つかわしくないその穏やかな性格に思う所でもあったのか。赤毛は知らず知らず、ジョシュアに肩入れしまっているのである。 「ッ、んんんーー!」 「ああーー、ッで、る……ッ!」  昂ったモノから存分に精を吐き出して、赤毛もジョシュアも余韻にしばし浸りながら、どちらともなく唇を合わせた。  一体どちらが付き合わされているのか。  夜もすっかり更け始め、ジョシュアが再び正気に返る頃には。目の前で機嫌良く、笑いながらもギラギラとした眼差しで見下ろす、赤毛の姿がそこにはあった。 「またやろうねぇー、俺がまた手取り腰取り教えてあ・げ・る!」 「…………」 「俺がちゃんと我慢できるようになったら、最後までヤらせてもらうから」 「…………」  危ないモノにロックオンをされた気分だった。  それを諌める気力はもはや無く。ジョシュアは死んだ魚のような目で、非難の色を滲ませながら赤毛を見上げる事しか出来ないのだった。  早く強くなろう、なんて、殺される云々よりも先に、貞操の危機をまざまざ感じながら、ジョシュアはそんな事を決心していた。  けれどもそこに、ほんの少しばかりの安心感も生まれていただなんて。ジョシュアは気付かないのだった。
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