07.臆病者

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07.臆病者

 ミライアとジョシュアは、結局、彼等ハンター達の提案に乗る形でしばらく行動を共にするという話になった。流れからまるで、二人が同行に喜んで同意したように見せたが、二人にはそんな気など更々無いのだ。寝かせて血をいただきサヨナラだ。  相手は丁度いい位の若者のパーティだ。ある程度の危険は伴うものの、血を頂戴するには悪くない条件である。彼らの警戒を解いた上で情報も血も頂こうという訳だ。  わざわざ危険度の高いハンターを食事にと狙うのは、戦闘狂と名高い吸血鬼の特徴でもあろう。殺す訳ではない。しかし、モンスターの専門家でもあるハンターを襲うなど、一歩間違えれば袋の鼠である。討伐されても文句は言えないのである。  そもそもそんな危険を犯すのは、吸血鬼位のものだ。元来強力な魔族であるが故にか、ハンターを数多く狙うのだ。多くの吸血鬼がハンターによって殺された所為か、それとも吸血鬼がハンターにちょっかいをかけるというスリルを好むためか、理由は分からない。恐らく後者であろうが。ミライアも例に漏れずその傾向はある。  そもそも人間側からすれば、吸血鬼に出会ったら高ランクのハンターですら戦わずに逃げろと言われる程恐れられているのだが。結局本当の所は、人間が吸血鬼と接触したとしても気付かれない、というのが正解である。それ程に、吸血鬼は実は一番身近な魔族なのである。人間側が知らないだけで。  人間のパーティとの交流はもっぱらミライアに任せ、ジョシュアはとっとと隅の方で寝る事にする。別に拗ねている訳では無い。危険にも嬉々として突っ込んでいけるミライアとは違って、ジョシュアは臆病な人間であるのだ。  そもそも、死んだと思われたハンターがひょっこりハンターの目の前に現れればどうなるか、想像に難くない。誰かジョシュアの顔を知る者が現れるなどしたら目も当てられない。ジョシュアは、ハンター達から追われる未来を想像しては、毛布の中で微かに震えたのだった。  そんなジョシュアの横で、ミライアもハンター達も静かに言葉を交わす。流石と言うべきか、ジョシュアとは違いミライアのコミュニケーション能力は卓越していた。 「とっとと寝おってからに……、勝手な奴で済まないな。人付き合いの出来ん奴でな。……後で仕置きだ」 「まぁまぁ、そういう人はウチにもいるから、気にしないでくれ」 「そうそう、私達ももう寝るのでお気になさらず」  そんな事を言われている事にも気付かず、ジョシュアはぐるぐると考えながら悪い予想を延々と想像し震えていたのであった。  彼等との交流の中、自ら見張りを買って出たミライアは、彼等のリーダーだというレオンと共に談笑を続けていた。話題は勿論、ハンター生活についての諸々である。いついつにどういった獲物を狩っただとか、失敗談だとか、そんなとりとめのない話だ。実際にハンターとして暮らした経験もあるミライアにとって、その手の話の話題が尽きる事はない。適当に相手のレベルに合った話をすれば、事足りる。  ハンター達も、不審な女が高ランクが狩るようなハンターだったなどと聞かされれば、あっという間に警戒心も吹き飛んでしまう。次から次へと、彼らの話題は尽きる事はなかった。 「なるほど、貴女の話からすると、かなり出来る人のようだ。心配無用か」 「ああそうだぞ。でなければこんな夜に出歩きなぞせん。今はそこの未熟者のお守りといった所か。だがお前らも中々……確かこの辺りに出るようなのは、退治にも実力がないと厳しいと聞いたぞ?」 「はは、貴女のような方に評価頂けるとは有難い。確かに指名依頼だ。【A】級ランクの端くれとしては当然のーーーー」  そんな、社交辞令のような白々しい文句を聞きながら、ジョシュアは寝たフリを続けていた。そして同時に、違和感を感じていた。  妙にジョシュアの神経が昂ぶっているのだ。落ち着かない。夜行性の彼が眠ったフリをしても眠くならないのは仕方ないとして、それだけではない。嫌な予感に気が休まらないのだ。まるで、任務前の待機時間のようだ。ジョシュアは眠るフリを続けながらも、毛布の中ではナイフをいつでも抜けるように体勢を整えているのだった。  神経を研ぎ澄ませ、昂る気持ちを抑えて彼等の話に全神経を集中する。 「ーーでな。そうそう、その依頼先でな、ちょっと気になる話を聞いて」 「ほう……」 「消えたハンターの話。何やら街で忽然と姿を消したっていうんだ。死体もない、タグを見つからない、消息も不明。ギルドも事態を重く見ていてなーー?」  リーダーレオンのその言葉を聞いた途端、ジョシュアは息を呑んだ。ジョシュアには少なくとも、レオンとやらには、自分たちが人ではない事がバレているかのように聞こえるのだ。  戦闘になればこれっぽちも役に立てる気のしない彼は、ミライアから何か合図があればいつでも逃げ出せるように神経を張り巡らせた。その際、無意識の内に索敵用の魔力帯を張り巡らせたらしいのだが。本人も人間たちも、それに気づくことはなかった。ミライアだけがそれに気づき、ジョシュアという男の厄介さを知ることになるのである。  ジョシュアは人一倍臆病である。だからこそ万年の【C】級ランクであったのだが。戦闘のセンスもないハンターが長年生き延びられてきた理由が、彼のその能力にあったりするのだ。盛大なやらかしを除けば、ジョシュアの勘の鋭さというのは十分な武器になるのだ。本人も気付いてはいないその能力の使い道を模索し、ミライアはほくそ笑むのである。 「それは一体……そのハンターに何が起こった?」 「そこなんだ。その男、別に依頼受注をした訳ではなかったらしいんだが……嫌になって逃げ出したにしても事情が不明すぎるし、襲われたにしたって死体がない、生きているかも判らないし。一体何だってんだか。俺らのようなハンターからしても無視できる事件じゃない」 「ふむ。人攫い、するにもハンターじゃあな……抵抗されるしリスクも高い。ーー例えば、そのハンターが拐いたくなる程に唆る女だったとか?」 「ははっ、貴女程の女性にそれを言われると何だかな……だがその線はない、男性だという話だ」 「ソイツそ奴のランクは?」 「【C】級ランクだそうだが、ハンター歴は長いと聞く。貴女は【A】級ランクだったとしてーーゲオルグって、ランクいくつになるんだ?」  「確か、【C】級だったか? 本人に聞いてみんと分からんが。叩き起こしてやろうか?」 「いや、いいさ。確認しなくても、これからーー」  そこで突然、会話が途切れた。何が、とビクつくジョシュアが毛布の中で震える中、ドサリと重たいものが倒れる音がする。それっきり会話はピタリと止み、周囲が静まり返る。  暫くの間、パチパチという焚き火の音だけが聞こえる。それからすぐ、音もなく耳元で気配が動くのをジョシュアは感じた。それが誰かなんて、確認するまでも無い。 『起きているだろう?予定を変える。血は諦める。音を立てるな、ズラかるぞ』  ミライアである。声なき声ーー精神観応(テレパシー)とジョシュアは言うことにしたーーで告げられ、ジョシュアは物音ひとつたてることなく、ミライアと共にその場から消え失せるのだった。全員で眠りこけるハンター達を残し、再び夜の世界を駆け抜ける。 「おい、さっきの奴らはそのままにしてきたが、大丈夫なのか?」  人間には見通せないような暗がりの中、およそ人の見えぬような速度で走りながらジョシュアはミライアへと問うた。 「この私が抜かる訳なかろう、記憶は改竄してある。心配無用だ」 「いや、それもあるが……あんな所に放置して、あいつら大丈夫なのか? 食われたり、しないか?」  そんなジョシュアの問いに、ミライアは噴き出した。先程まで襲われやしまいかとぶるぶる震えていた男が、安全な所まで来た途端にハンター達の身を案じている。意味が分からない。  しかし、当の本人には全くその自覚が無いようで、ミライアはどうしてやろうかと少々イラっとしたのはここだけの話。  不服そうなジョシュアは、そのまま無言で彼女の反応を待った。ミライアはそれに一頻り笑ったかと思うと、ジョシュアをチラリと見もせず、口を開いたのだった。 「お前、それで人間のつもりか? それより自分の心配でもしろ、今の話を聞いたろうに。疑われていたのだぞ。奴ら、正体も知らない癖に私達を追っているとほざいたのだ。あれらとこの先ぶつかるのは明白だ。お前も魔族とわかれば狩られるか嬲られるに決まっていように……何故、そんな奴らに情をかけるかな。お前な、前にも言ったが足手纏いは捨てていくからな」  ピシャリと言ったミライアの言葉にジョシュアは黙り込む。  それは確かにミライアの言う通りで。ジョシュアの甘ったれた思考がミライアに見破られたのだ。未だ人間を捨て切れずにいるその中途半端な考え方を。矛盾しているその思考を。  そんなジョシュアという男の人間性をまざまざと見せつけられ、実のところミライアは少しばかり面食らっていた。ヒトとの関わりは最低限にとどめてきたミライアだ。ジョシュアという男の言い草は随分と奇妙にも思えた。人間とは、臆病で残忍で狡猾で、自分の事ばかりを優先する。このような人間がいるなど、ミライアは聞いたことがなかった。  だからこそ、ミライアはこの男の事が気になったのかも知れなかった。  あの時、ジョシュアと出会ったあの瞬間。自分の身を賭してまで他人の事を護ろうとした人間が、どうしてもミライアには奇妙に映った。吸血鬼を貶すでもなく逃げるでも無く、目の前の死に向かって突撃してくる人間。それがどうしてだか気に掛かった。  臆病だという癖にとんでもない事をやらかして、怯えてみっともない。そんな人間に興味を持ってしまったのだ。それが全ての始まりだった。ミライアともあろう者が、こんな人間ごときが気になってしまって。それが可笑しくて楽しくて、ミライアはあの時、内心でも大いに笑っていたのだ。こんな人間がこの世に存在しただなんて。楽しくて仕方なかった。  そのような事すら思い出しながら、不安そうな顔をして自分についてきているだろう男を想像して、ミライアは言うのである。  この男を()()変えたのは自分ではあるが、自分もまた、この男に変えられているかと思うとどうしてだか、悪くない気がしたのだった。 「安心しろ。我らの気配は残ったはずだ。下手な下級中級は近寄らんさ。ま、それで運悪く食われるような連中ならーーそれまでだ」  ジョシュアの方も見ずに付け足すようにそう言ったミライアは、いかにも面倒そうだ。しかし、彼女のその配慮にはジョシュアも胸を撫で下ろすばかりだ。彼女は不用意に人間を殺めるような吸血鬼ではない。それがわかっただけでも十分である。  そしてジョシュアは考えるのである。彼女もまた、ジョシュアと同じように人間だった時があったのだろうかと。その頃のことを憶えているのだろうかと。ただ、疑問に思う。  それから平野をひたすらに走り、果てしない平野の先には森が見えた。彼ら吸血鬼のような種族にとって、このような森は貴重だった。深い深い森は昼でも薄暗く、吸血鬼にとっても活動がし易い。加えて人間の出入りのある森ならば尚の事、絶好の隠れ家でもある。  人間が魔族と呼ぶそれは、ヒトでもモンスターでも無い。理性的な人型の化物の事を指す。そのいくつかの種族は主に夜活動をする。日光を浴びれぬ、或いは苦手とする種も多い。そんな魔族が何故ヒトと諍いになるか。それは、彼等魔族に多い性分による所が大きい。  魔族の多くが理性的でかつ傲慢だ。ヒトを襲う事を歯牙にも掛けず、争い事を好む。そんな荒くれ者達が、平穏な生活を望む人間と相入れる筈もない。  そして、魔族の中にも気性の穏やかな者も居る事をヒトは理解していない。区別もしない。故に、暴れ狂うその個体を見て、ヒトは吸血鬼も夢魔も人狼も等しく同じ魔族、と捉えてしまうのだ。故に誤解が生じる。  そういう事情故に、吸血鬼達はヒトの前に姿を現さなくなった。軋轢を産まないために、諍いを生まない為に。彼等の多くは、ヒトに紛れる事を選んだのだ。吸血鬼はそこら中に紛れている。ヒトが知らないだけで。  吸血鬼はそれ程危険な種族ではない。ただ、数百年前だかに各地を震撼させたという吸血鬼が恐ろしく凶暴で有名で、人間がそれを踏まえて出会ったら死ぬたのと勝手に勘違いしているだけに過ぎない。吸血鬼自体はそこまで珍しくもなく、凶悪な存在でもない。出会っても眠らされ記憶を消され、少しばかり血液を盗まれるだけなのだ。  そんじょそこらのハンターやらエクソシストやらの専門家が襲い掛かろうが大抵は生き残れるし、勝手に記憶を改竄して二度と追えないようにする事も可能であるからして。ほとんどの吸血鬼は人間の中に紛れ、時に森の奥で身体を休め、ヒトにはバレる事なく安穏と生活しているのだ。  だからこそ、その傍迷惑でしかも無駄にしぶとかった凶悪な吸血鬼個体のせいで、その他大多数は大変な大迷惑を被った。おまけに、命知らずの馬鹿者というのは、いつの時代も一定数必ずいるので。不運にも、そんな吸血鬼の餌食となってしまったヒトの骸やら挑んでしまったハンターの話が勝手に噂を呼び、吸血鬼に出会ったらすぐに逃げろ、なんて常識が出来上がってしまったのだった。  そして、そんな馬鹿が再び現れないように抑え管理するのがミライアの役目であったりもするのだが。ジョシュアはそれを、今はまだ知らない。 「街では決してフードを外すなよ。本来ならば森に数十年籠りたい位なのだが……そんな無駄に付き合うつもりはない。お前、二度と死にたくなければ、決してバレるなよ」  森に差しかかりながらスピードを緩めながらそう言ったミライアに、ジョシュアはただ、黙って首を縦に振るだけだった。
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