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(4)
「兄上には、別の仕事がある。水の乙女を探すという大役だ」
「夢物語を信じていいのは幼子だけだぞ。それに国の命運を分ける戦だ。俺が行かずして、誰が出る」
「もちろん僕が」
「何を寝ぼけたことを。書物ばかり読んでいるお前に務まるはずがないだろうが。さっさと今のうちに避難する準備をしておけ。万が一の場合には、お前に王太子を務めてもらわねばならんのだから」
「駄目だよ。戦を指揮するのは僕でもできる。でもね、ひ弱な僕では水の乙女を探しに行くことはできないから」
「夢物語を本気にするとは愚かな」
「僕はこの上なく真剣さ」
弟が王太子に話していたのは、この国に伝わる聖なる乙女の伝説だ。かつて今と同じように水不足にあえいでいた際、ふらりと現れた少女が歌を歌うと、たちまち雨が降り始めたのだという。
「大丈夫、僕の勘はよく当たるんだ」
弟の言葉とともに、王太子の足元が不意に光り出した。四方に置かれていたのは、王族に伝わる秘宝。
「脱出用の転移陣を弄ったのか!」
「このために頑張ったんだ。悪いけど、攻め込む予定の国境とはうんと離れた場所に送るよ」
「馬鹿、やめろ! 王になるのは、お前の方だ! この国をよりよく導くために必要なのは脳筋の俺ではなく、賢いお前なんだ!」
「僕、兄さんなら水の乙女を見つけられるって信じているんだ。乙女は、心優しく純粋なひとの前にしか現れないそうだから」
それが兄弟の交わした最後の言葉。
王太子の弟は、それから作戦中にあっけなく死んだ。水と食料不足でまともな戦にもならなかった。
一方、戦地とは反対方向に飛ばされた王太子は、たったひとりで盗賊や他国の間者と戦いながら王都を目指していた。こんな状態で水の乙女が見つかるとはとても思えない。手足もぼろぼろになり、痩せこけ、それでも彼が願ったのは、民草の誰もが当たり前に水を飲むことができるごくごく当たり前の暮らしだった。
とうとう一歩も歩けなくなったとき、砂の中に埋もれながら王太子はきらめく泉のような声を耳にした。幻聴かと思ったが、その声は王太子が意識を手放すことを執拗に邪魔してくる。
「水がほしいの?」
「……ああ」
「どれくらい?」
「国民が平和に暮らせるだけ」
「それだけの水があれば、あんたは嬉しいの?」
「嬉しいさ。幸せすぎて、死んでもいい」
「いいわ。あんたが望むのなら、好きなだけ雨を降らせてあげる。でも、その代わりにあたしと約束をしてくれる?」
「俺に何を望む」
死に際に死神と取引か。それもまあ悪くはない。霞む目をこらしつつ、顔を上げた王太子は間近にあった美しい少女の姿に息を呑んだ。
「あんたの隣にずっとおいてくれたなら、あたしはそれで十分だわ。でも、約束は絶対よ。破ったら、どうなっても知らないんだから」
「承知した」
そうして、王太子は稀代の聖女を得たのだ。
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