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 聖女は美しく、あどけない少女だった。  貴族の礼儀には総じて疎く、けれどかといって粗忽さが目立つことはない。どこかふわふわ浮世離れしていて、まるで妖精のように純真無垢だった。  周囲が自然とひざまずきたくなるような、そんな涼やかな泉のような少女。何より、国民の信頼も大きい王太子が連れてきた少女である。例え聖女ではなかったとしても、王太子の命の恩人というだけで下にもおかない扱いになるだろうと簡単に想像がついた。  その上聖女は、この国に再び豊かな恵みをもたらした。  彼女が歌えば、世界に光が満ちる。空はまたたき、雲を呼び、雨を降らせるのだ。ひび割れた大地に雨が染み込み、緑が顔を見せたとき、人々は涙を流して聖女に首(こうべ)を垂れた。何があろうとも、聖女に付き従っていこう。彼らは手に手を取りあい、そう誓いあった。彼女は王国の民にとって、神にも等しい存在となったのだ。  けれど、人間というのは愚かな生き物である。時が経つにつれて受けた恩も忘れ、目の前のことに不平不満を漏らし始めた。  特にその気が強かったのは、娘を未来の王妃として王太子に嫁がせたい高位貴族たちだった。  聖女はいずれ国王となる王太子の正妃になるには身分が不確かすぎるだとか。  聖女の力は単なる偶然。長い歴史の間では、干ばつも起こりうるだろう。たまたま聖女の歌が、雨を呼んだように見えただけなのだとか。  聖女の力は本物かもしれないが、あまりにも見た目が貧相すぎるだとか。いっそ不可侵の存在として神殿に繋いでしまえという乱暴なものまで出始める始末。  とうとう、王太子は側近の言葉に従うことにした。救国の英雄とはいえ、王族は周囲の貴族の言葉に耳を傾けねば国をまとめることは難しい。そして、有力貴族の娘を正妃として迎え入れることにし、彼の隣にいた聖女を国外へ追放することにしたのである。
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