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(6)
「即刻、この国から出ていけ」
「もう、あたしはいらないの?」
「いらない。必要ない」
硬く強張った王太子の顔を見ながら、聖女はくすくすと声を立てて笑った。恩知らずとも言える王太子の言葉など、意にも介していないようだ。
王太子が結婚式を挙げる予定の神殿はどこもかしこも真っ白に彩られていた。けれど今は、王太子と聖女以外誰もいないせいか、妙に寒々しい。婚姻を結ぶよりも、いっそ葬儀において別離を惜しむかのような静けさに満ちている。
「あんたがあたしを求めたのに?」
「俺の知ったことではない」
みるみるうちに、外が薄暗くなっていく。遠くで雷が鳴る音がした。
「いいの? あたしがいなくなったら、全部元通りになっちゃうわよ」
「……わかっている。それでも、俺は君をこの国から追放する」
「嘘つき。あたしがいなくなったら、この国は元通りになっちゃうのに。あんたが大事にしているみんな、飢えて死んじゃうよ。それが嫌であたしを探していたんじゃなかったの?」
王太子が苦しそうに顔をゆがめた。神殿の中にいるというのに、真夏の砂漠の真ん中で水を求めさまよう旅人のように、虚ろな眼差しで聖女を見上げる。
自分が何を口にしたのか、今さらながらに気がついたような、けれど最初からわかっていたかのような、不思議な色を瞳に乗せて、力なく床に膝をついた。それは、神を前に懺悔を行う敬虔な信者によく似ている。
聖女が歌えば、空から雨が降ってくる。だから王太子は何度もねだった。彼女の雨乞い歌を。彼女が歌を歌えばどうなるか、知っていて見ない振りをした。多くの命が助かるのなら仕方がない。傲慢にもそう考えていたのだ。
「前回、雨を降らせてからどれくらい経ったっけ? もっと雨を降らせた方がいいんじゃないの?」
聖女が微笑み、思い切り息を吸い込もうとするのを、王太子は悲鳴を上げて遮った。
「やめろ! これ以上、力を使うんじゃない! 雨を降らせるたびに、君はぼろぼろになっていくじゃないか。このまま力を使ったら、死んでしまう!」
水晶のように輝いていた長い髪は千切れ、すっかり色を失くしてしまっていた。黄金のごとく艶めいていた肌もかさかさになり、唇もひび割れている。ただ青い瞳だけが、かつての彼女のまま深く澄みきっていた。
このまま力を使い続ければ、この瞳の色さえ白く濁ってしまうに違いない。わかっていて自分が願ったはずなのに、彼にはこれ以上耐えられなかった。勇猛果敢な英雄は、結局のところただの臆病な卑怯者でしかない。
「頼む、君が君でいられるうちに、ここから逃げてくれ」
「勝手なひとね」
「本当にその通りだ。返す言葉がない」
「わかったわ。じゃあいらないのなら、返してもらうわね」
聖女が両手を横にひらき、くるりと踊るように一回りする。
ぱちん。シャボン玉が割れるような、どこか涼やかな音がして、何かが弾けるのがわかった。ああ、魔法が解けるのだと王太子は天を仰ぐ。
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