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「これで終わりだなんて思ってない?」 「やっぱりそうなるよな」 「あたしがあんたにあげた分、あんたもあたしにちょうだいな。あげたものを返してもらうだけじゃ足りないもん」 「……俺に払える対価ならなんなりと。ああ、でもこの国の民全員の命、なんて条件は無理だぞ。払えるのは俺の命だけだ。何回なぶり殺してもらってもかまわない」 「ふうん、じゃあ、あたしが丸呑みにしてもいいんだ」 「俺は、頭のてっぺんから足の先まで君のものだ。もちろん、この心も」  彼女の好意につけこんで、存在が擦りきれるくらい力を使わせた。このまま何もなく終わるはずがない。しっぺ返しもくるだろう。それでも、罪はこの身だけにしてほしい。 「てのひら返しが得意な民たちばかりなのに、どうしてそんなに庇うの?」 「俺が生まれた国であり、いつか俺が治める国だったからだ。君を傷つけたことは許されないが、それでも俺はこの国とともにあることしかできない。それが、家族をみすみす死に追いやった無能な王太子が果たすベき最後の役割なんだ」 「いやになっちゃう。最後まで、あたしより国のことが大事なのね」 「比べられるものじゃないんだがな。今さら信じてもらえないかもしれないけれど、一目ぼれだったんだ。君は誰よりも強く優しい。でも、その優しさに俺はつけこんだんだ。これに懲りたら、もう俺みたいな強欲な人間に騙されないようにしてくれ。他人のことなんて考えずに、自由に生きろ」  今まで王太子は、砂漠の国を救った英雄として祀り上げられてきた。そして明日からは、稀代の聖女を追放した愚か者として、国の歴史に名を刻むのだ。その国さえ、いつまであるかは謎なのだが。 「自分で救った国なのに、自分でとどめを刺すの? 変なの」 「国も大事で、君のことも大切だった。ただそれだけなのに、どうしてうまくいかないんだろうな。君にも悪いことをした。弟にも合わせる顔がない」 「たぶんあんたは、なんでも考えすぎなんじゃない? あんたの弟は、あんたが生きて幸せでいることを何より望んでいるんだろうし」 「そうかもしれない」  肩をすくめつつ、困りきった顔で少しばかり口角を上げた。大切な宝物に触れるかのごとく、震える手で静かに聖女を抱き寄せる。それから別れを惜しむように、王太子は聖女と唇を重ねた。
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