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 彼女と唇を重ねた瞬間、雨上がりの匂いがした。むせかえるような緑と土の香り。生きる喜びを歌い続ける生き物の声がする。驚いてまばたきをすると、眼球に薄い膜が張ったような気がした。  慌ててまぶたを閉じ改めて周りを見渡せば、いつもと同じ風景のはずなのにひとつひとつの色合いが異なって見える。普段見ていた世界よりも、もっと密に色分けされた世界。白一色で統一されたはずの会場が、淡く色づいていることに困惑した。 「これは、一体?」 「だって、全部くれるんでしょう? だからあたしと同じ世界をずっと一緒に生きられるようにしちゃった」 「俺は、何になったんだ?」  ぺろりと聖女が唇を舐める。桃色の舌でなぞられた桜色の唇が、てらてらと艶めいた。無邪気で人間の悪意すら知らなかったはずの聖女が見せた突然の色気に、思わずめまいがする。 「あんたは龍になったのよ。可愛いあたしの番さん」 「龍? 俺が? 君は龍なのか? 精霊じゃなく?」 「そうよ。あたしは水龍。精霊でも、聖女でもない。勝手に聖女だと崇められただけ。まあ、神殿に祀られる龍は多いから、完全な嘘でもないけれど」  ぱちんと片目をつぶってゆっくりと目を開けば、確かに瞳孔が縦長になっている。今まで気が付かなかったのは、ただ見落としていただけなのか。それとも姿を偽るのを止めたのか。 「その姿は」 「隠していたわけじゃあないわ。番のいない龍はね、少しずつ魔力を失っていくの。皿の上にある食べ物は食べればなくなってしまうように、魔力も使えばなくなってしまう」 「完全になくなるとどうなる?」 「あんたもあたしをずっと見ていたでしょう? 最後は干からびて死ぬのよ」 「そんな」 「でも、それが普通。それが当たり前。こんなに広い世界の中で、番に出会えることの方がまれ」  もちろん番を見つけられなくても、相性のいい相手を見つけて、魔力を交換することは可能だ。でも自分は、そんな節操なしでふしだらなやり方はしないのだと聖女が囁けば、意図を理解した王太子が柄にもなく顔を赤くした。
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