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「俺と番になったから、本来の力を取り戻したと?」
「ここが結婚式の会場でちょうどよかったわ」
「君のために用意したものじゃない」
「でも、あたしを思い浮かべて飾り付けたくせに。あの子、陰で般若みたいな顔になっていたわよ」
「そうなのか」
「あんたって、本当にひどいひと。でも、そういう馬鹿なところも含めて、あたしはあんたが全部好き」
聖女は、ころころと笑った。すっかり短くなったはずの髪の毛が、出会った頃のように長く、艶やかにたなびいている。
「番がいたから、わざわざこんな暮らしにくい場所に住んだのか?」
「どうかしら。呼ばれた気がしたのよね。だから水場がなくて、住みづらいことはわかっていたけれど、あえてこの辺りを根城にしていたの。時々、気まぐれで雨を降らしていたから、おとぎ話の精霊扱いされるのも面白かったわ」
「まさか、君以外にも属性に合わないところに住んでいる奴がいるのか」
「そうねえ。ずっと北の雪山には火龍が住んでるわよ」
「想像していた以上の場所だな」
「神さまなんて崇められたあげく、彼も力を失って消え失せるかと思っていたのだけれど」
「彼か」
「なあに。焼きもち?」
「悪いか」
「うふふふ、なんだか嬉しいわ。大丈夫よ、安心して。その火龍はね、最近結婚したのよ。惚気自慢が鬱陶しいくらい奥さんに夢中なんだから」
「へえ、詳しいんだな」
「まあ龍はいろんなものに手紙を託せるから。届くまでにちょっと時間はかかるけれど便利よ。安心して。番は以心伝心、手紙を託す必要さえないの」
「そうか」
「今、ちょっとほっとしたでしょ」
「別に」
「もう、いつまで経っても素直じゃないんだから。まあ、そういうところも好きだからいいんだけど」
当然のごとく彼女が手を差し出せば、王太子は恭しくその手を取り指先に口づける。
「さあ、行くわよ」
「行くって、どこへ?」
「新婚旅行。しばらくあたしの気が済むまで付き合ってくれたら、またここに戻ってきてあげる。大丈夫よ、それまでこの国がなくならないように手伝ってあげればいいんだから。本当ならあたしを追放した瞬間に滅んでても、おかしくないのよ?」
「……それは」
「あんたみたいに国を背負うことは大事だけど、自分たちで生きていけるように何でもやってあげずに見守らなくちゃ。それも、親の仕事でしょ?」
「……そうかもしれないな」
ずっとずっと国のために生きてきた。これからは、愛する彼女のために生きても許されるのかもしれない。ふと見上げた窓の向こう、雨はすっかりやみ、空には見事な虹がかかっている。
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