エピソード①

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エピソード①

 追手が来ないと踏んだ騎士により、ようやく地面に降ろされたジレーネが辿り着いたのは森の奥だった。 「お礼はあえて言いませんわ。貴方、名は?」  問われた白銀の髪と黄色い瞳の青年騎士は、静かに答えた。 「ウィルフレッド・ナイトでございます、ジレーネ様。陛下の命により、貴女様を護衛致します」 「護衛って……もう貴方に命令したお父様はいないのでしょう? 従う意味があって?」 「陛下より、命あるかぎりジレーネ様をお守りしろと申しつけられております」  彼、ウィルフレッドは迷うことすらなくそう告げた。そのあまりの迷いのなさに……ジレーネは深いため息を吐いた。 「貴方、変わっていると言われたことないかしら? もう皇女ですらありませんのよ? なのに、守る意味があって?」 「変わっているかどうかは存じません。それに、お言葉ですがまだ国は滅んでおりません。……貴女様が生きておられます故」  予想外の言葉だった。目を瞬かせるジレーネに、ウィルフレッドはそれ以上言葉を紡ぐことなく周囲を警戒し始めた。彼は本気でジレーネを守ろうとしているのだと理解し、彼女は……自然と言葉が漏れていた。 「そうですわね。わたくしは生きている。生きているのであれば……復讐するのみ、ですわ」  覚悟が決まったジレーネは、警戒しているウィルフレッドの邪魔をしないよう静かに佇む。  そうしながら、思考は動き始めていた。  ――どうやって復讐するのかを。  ****  夜が明ける前に、更に遠くへ向かう事にした二人は、森の奥を進んでいた。最初は自分で歩くと申し出たジレーネだったが、披露宴用のドレスであった事からまたしてもウィルフレッドに抱えられる事となった。  彼は騎士服を着ていて、その上女とはいえ人を一人抱えているというのに、動きは相変わらず軽やかだ。 (良く動けますわね……日頃の鍛錬なのかしら?)  妙な感心をしているのは、現実逃避だ。それを自覚しながら、ジレーネの心の奥底では復讐心がゆっくりと育ち始めている。  森を抜け、小高い丘を越え、また別の森の中を駆け抜け……たどり着いたのは、小さな廃屋だった。 「ジレーネ様、離れずに。中に危険がないか見ますので」 「わ、わかりましたわ」  警戒しつつ室内を調べ、危険がない事を確認してから二人は廃屋の扉を閉め、ようやくちゃんとした休憩を取る事にした。どうやら、ウィルフレッドは軽い備蓄を用意していたらしい。  水と携帯食の干した果物をわけてもらうと、二人は無言で食べる。味は正直言って美味しくはない。食感も硬くて、微妙だ。だが、それでも食べなければ、復讐どころではない。 「ジレーネ様?」  尋ねるウィルフレッドに、彼女は考えていた事を話す事にした。 「わたくし、復讐したいですの。そのために……稽古をつけて下さらない?」 「ご命令であれば、そのように」 「ありがとう。ですが、そういう時は微笑むものでしてよ?」  ジレーネに指摘され、ウィルフレッドが視線を逸らす。また無言で食事を再開した彼を見ながら、仕方なくジレーネも食事に再度口をつける。 (フレドリク……わたくしの怒りを、報いを! 覚悟なさい!)
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