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プロローグ
「すまない、ジレーネ。君との婚約は破棄だ」
燃え盛る王宮内、刃を突きつけた男から宣告された彼女は怒りと憎しみで歯ぎしりする。
今宵、ファータ皇国では隣国ケイオス帝国の次期皇帝フレドリクとの婚約披露をするはずだった。
だが……そのタイミングで、ケイオス帝国が攻め入ったのだ。突然の出来事にパニックと化す中、次々と帝国兵達が人々を襲った。
完全に後手となったファータ皇国は、窮地に陥れられ、今の状況だ。
敵兵に押さえつけられながら、もがくジレーネに対し冷笑するフレドリク。
その顔がまた憎く、ジレーネは気付けば声をあげていた。
「信じていましたのよ! お慕いしていましたのよ? なのに、何ゆえ!」
「そうかい、ありがとう。でも、悪いが私は君を愛していないんだ」
無慈悲な言葉に、ジレーネは涙すら流せなかった。ただただ、胸が詰まり呼吸が出来なくなる。そんな彼女にフレドリクが剣を振り上げた。
(ここで、わたくしは死んでしまうというの? こんな! 惨めに!)
その時、誰かが剣を受け止めた音がした。瞑っていた目を開けると、見慣れた自国のシンボルマークが着いた白いマントが視界に入る。幸運を呼ぶとされる黄色い妖精のシンボル。それが動いて、ジレーネを押さえていた敵兵達を薙ぎ払うと彼女を抱えて走り出した。
後方から、フレドリクの激が聞こえる。だが、彼は気にする事なく全力疾走する。
あまりの速さに口を開けないジレーネだが、事態を理解した。
(きっと、お父様の命令ですわね。この騎士が私を守ったのは……)
騎士である彼の顔に覚えはない。何百人の騎士を一人一人覚えろという方が無理だろう。だが、それでも現状唯一の味方である事だけわかったジレーネは、燃え盛り遠のく自国を見つめながら気づけば涙が溢れていた。
(わたくしの国、愛する民と家族が……!)
ここまで来て、彼がジレーネの命を守る事を最優先にしている事を認識し、彼女はうろたえる。
(このままでは、わたくしと彼だけが生き残ってしまいますわ!)
なんとか彼に戻ってもらい、少しでも民を救いたいと思ったが、それを許可しないとばかりに無口な騎士は走る。
障害物と化した瓦礫を飛び越え、地形を上手く利用して追手を巻く。
一切の迷いがない動きに、ジレーネは身を委ねるしかなかった。
それがまた悔しくて、そして無力な自分を赦せなくて……ジレーネは天をただ仰ぐことしかできなかった。
――こうして、この日ファータ皇国は滅亡した。隣国、ケイオス帝国の手によって。
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