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「私の夢は、宇宙人になることです。なぜなら、宇宙人になればUFOに乗ることができます。UFOに乗って広い宇宙を旅したいです。ゆくゆくは、地球を侵略、そんなことも考えています。みなさん、応援をよろしくお願いします。——山下奈央」
「……山下らしい発表だったな。できれば、地球人としての夢を聞きたかったが……」
6月1日。6-1の教室。生徒の夢を発表する時間、担任の岡田先生の発言で、教室の生徒達は笑っている。しかし、笑われている張本人の山下奈央さんはいたって真面目な顔だ。身長が150cmほどしかなく小柄な彼女。彼女は、いつも変なことをしている。例えば、算数の授業中に漢字ドリルをしていたり、持久走で校庭を5周走らないといけないところを4周しか走らなかったり、逆に6周走ったりするときもある。先生のことを「お母さん」と呼んで注意され、その2分後にまた「お母さん」と呼んだりする。先生からこっぴどく怒られるのだが、それでもやめない。そういう時、彼女はいつも「あ、間違えました」と言うのである。僕の見た限り、彼女は成績が優秀だし、バカそうには見えない。なのに、なんであんな変なことをいつもするんだろう、と思う。眉がキリッとしていて、目力があり、肩まで伸びた黒髪が綺麗だな、って思う。
山下奈央さん、あの人は一体どんな人なのだろうか……?
今日の授業は終わり、放課後になった。山下さんは、放課後になるとそそくさと家に帰る。みんなが友達と喋ったり、友達と一緒に帰ろうとする中、山下さんは誰とも関わらず、誰とも喋ろうとしない。そういえば、山下さんに友達はいるのだろうか? いつも変なことをしているので、人から注目はされるが、誰かと仲良さそうに喋っているところを見たことがない。みんな、変わった彼女のことを面白おかしく見たりはするが、変わりすぎていて友達になりたい、と思わないのかもしれない。どこか距離を置いて、みんな接している気がする。
翌日、6月2日。今日は、席替えがあった。なんと、僕は山下さんの隣の席で同じ班。一度も山下さんと話したことがないが、これを機に仲良くなったりするのだろうか。
「山下さん、僕、泉純太郎。同じクラスだったけど、一度も話したことなかったよね。これからよろしくね」
「……」
山下さんは、僕のことを一度見るが、そのまま何事もなかったように目線を逸らす。
なんだ、もしかして僕、嫌われている……?
放課後、ホームルームの時間。今日は、掃除当番を決めるらしい。この学校では、昼休み前の掃除と放課後に掃除があり、放課後の掃除は特別棟の渡り廊下を掃除する。特別棟の掃除は、1班だけしかしなくていいので、どの班がその掃除をするのか決めるのだ。掃除に決まった1班は、およそ1ヶ月の間、放課後を使って掃除をしなければならない。なんで、こんな罰ゲームみたいなルールがあるのか、意味のわからない学校である。
「はい、それでは席替えをして班が変わったので、放課後の掃除当番を決めます。前と同じですが、その当番に決まった班は一ヶ月の間、放課後に掃除をする決まりです」
生徒からは、ブーイングが起こる。先月掃除当番だった生徒からは、「やっと変わるわー」といった声も聞こえた。
「一応聞いとくが、掃除をしたいと思う班はあるか?」
教室はシーンと静まりかえる。当たり前だ。放課後の貴重な時間を使って、誰が好き好んで掃除をしたがるのか。意味がわからない。
「まぁ、誰もいないよな。じゃあ、前と同じでじゃんけんで決めることにする。班の代表を決めて、立ってくれ」
このクラスは1班5人で構成されており、それが6班ある。つまり、確率は6分の1。運が悪くなかったら、当たらない。
「代表、どうする?」
同じ班である、山岸君が言った。
「まぁ、山岸がやればいいんじゃないか」
同じ班である、渡辺君が言っている。同じ班である佐藤さんも同調をしていた。僕も同調しかけた時、山下さんが喋り出した。
「私に任せてもらっていい? 私ジャンケンには自信があるの」
「本当か。まぁ、じゃあ、山下頼んだ」
僕を含め、他の班員も同意している。この歳になって、好き好んでじゃんけんをしたがる、そんな人はあまりいないだろう。負ければ自分の責任になる。みんな心のどこかで責任から逃れたいのだ。つまり、自分じゃなければなんでもいい、そういう心なのだと思う。山下さんはそういうみんなの心を読みとって、率先して立候補したのかもしれない。
「6人揃ったな。『最初はグー、じゃんけんほい』の合図でじゃんけんだ。いくぞ」
班の代表6人が立っている。山下さんはいつも通り、キリッとした顔つきだった。放課後には掃除したくない、頼むから勝ってくれ。
「最初はグー、じゃんけんほい!」
6人が、手を出している。一人がグー、二人がチョキ、二人がパーだ。もう一人はというと、フレミングの左手の法則みたいに、グーとチョキとパーを合わせたような手を出している。グーとチョキとパーが合わさっており、無敵、ということだろうか。その手の人物はというと……山下さんだ。
「おい、山下、ちゃんとやれ。ふざけてるのか」
「あ、すみません、間違えました」
こんなので大丈夫なのか、我が班に暗雲が立ち込める。
「じゃあ、もう一回するぞ。山下、また反則まがいのことをしたら、強制的に山下の班が負けだからな。絶対、変なことはするなよ」
「はい、わかりました!」
「最初はグー、じゃんけんほい!」
今度はグーが3人パーが2人だ。もう一人はチョキかというと、そうじゃない。さっきのフレミングの手を顔の近くに両手で出し、ラップのようなポーズをしている。もちろん、出している人物は山下さんだ。
「おい、山下、ふざけてるのか! いつもいつも、変なことばかりして、揶揄うのもいい加減にしろ!! お前は、放課後掃除が終わったら、職員室に来い。わかったな!」
そんなこんなで、僕らの班は、放課後掃除をする羽目になってしまった。
放課後。僕らの班は、掃除で残っていた。
「おい、山下、お前のせいで俺らが掃除することなったじゃないか! どういうつもりなんだ!」
山岸君は血相を変えていた。
「どういうつもりって、ただ間違えただけよ!」
山岸君は、そこで山下さんに殴りかかろうとする。僕は、それを慌てて止めた。
「おい、泉、離せよ。こいつキチガイだぞ」
「でも、暴力はダメだよ」
「は? 意味わかんな。じゃあ、お前と山下だけで掃除しろよ。俺は、帰るからな」
そう言うと、山岸君は本当に帰って行った。渡辺君と佐藤さんも僕と山下さんを睨め付け、帰っていく。そうして、僕と山下さんだけになった。山岸君の気持ちはわかるが、暴力はよくない。みんなが穏やかな心を持って、平和に過ごせればなぁ、なんて僕は思う。
特別棟の渡り廊下。僕と山下さんは、ほうきとちりとりを持ち、掃除をする。
「ねぇ、泉くんは私のこと怒らないの?」
「え? 怒ってるよ」
「でも、口とか態度には出さないんだね」
「だって、怒ったって、もう掃除することになっちゃったんだし、仕方ないでしょ」
「ふーん」
そう言うと、山下さんは、僕に背を向け掃除をし始めた。
それから、放課後の時間、僕と山下さんは二人きりで過ごすことになった。
翌日、6月3日。クラスのみんなは、山下さんをますます避けるようになった。特に同じ班である、僕以外の3人は露骨に山下さんを無視している。それでも、山下さんの奇行は止まらない。国語の時間に音読する場所を間違えたり、授業中に居眠りしたり、宿題を2倍の量やってきたり、訳がわからない。みんなから嫌われるのがわかっているのに、変人だと思われて距離を取られるのに、なぜこんなことをするのだろうか。
放課後、また掃除の時間がやってきた。今日は、前から聞いてみたかったことを聞いてみたいと思う。
「ねぇ、山下さん、なんで山下さんっていつも変なことをするの?」
山下さんは、瞳孔を広げこちらを見た。その後、こちらに背を向ける。
「……そんなこと知らないわよ」
山下さんの背中が、物寂しげに見えた気がする。いや、考えすぎな気もする。
6月17日。2週間後の放課後、また山下さんと二人で掃除の時間だ。この2週間の間、僕と山下さんは2人きりで掃除をしてきた。言葉数は少ないけど、少しだけ会話したりもする。結構、嫌いじゃない時間だ。
「ねぇ、泉くんって、兄弟っている?」
「いないよ。一人っ子」
「へー。羨ましい」
「僕は、逆に兄弟が欲しかったけどね」
「兄弟なんて、いない方が良いに決まってるよ」
そう言うと山下さんは、会話を拒絶するように離れた場所の掃除をしに行った。「山下さんは、兄弟がいるの?」そう聞きたかったのに。
6月28日、金曜日。今日は、この班で過ごす最後の日だ。なのに山下さんは学校に来ていない。この日まで、僕は山下さんと放課後毎日過ごしてきた。せっかく仲良くなれた気がしたのに、最後の日に一緒に入れないなんて、残念だな、って思う。
山下さんは、6月中、やっぱり奇行ばかりだった。やっぱり意味のわからない言動ばかりだった。なんでそんなことをするのかは、結局わからずじまい。山下さんの奇行がエスカレートするたびに、クラスからの孤立は激しくなり、クラスからの孤立が激しくなるとそれに負けじと山下さんの奇行がエスカレートしている気がする。
彼女は一体なんなんだ。彼女の大事にしている部分、それは一体なんなのか。気がついたら、僕は山下さんのことばかり考えるようになっていた。
同日の6限目、ホームルームの時間中に山下さんは教室に入ってきた。山下さんの姿を見た先生・クラスメイトは目を丸くする。なぜなら、黒髪が金髪になっていたからだ。もちろん、この学校では髪を染めるのが禁止されているはず。なので、必然的に岡田先生に怒られることになる。
「おい、山下、なんだその髪は!」
「すみません。今日、朝起きたら、こうなっていたんです」
「ふざけるのも良い加減にしろ!! お前はいつもいつも、変なことをして、俺やみんなに迷惑をかけて、何がしたいんだ! 今日という今日は、許さん。みんなには悪いが、今日のホームルームは、自習だ。俺は山下と二人で話をする。来い! 山下!」
そう言われると山下さんと岡田先生は、教室を後にした。
「岡田先生、めちゃめちゃ怒ってたねー」
「そうだね。でも、仕方ないよ。あの変人、ふざけてるもの」
「アイツは、キチガイだからな。一回、しめてもらった方がいい」
「だね。なんだか、あの人って不気味で、一緒にいると気持ち悪いし」
各々が山下さんに対して不満をぶつけている。
山下さんは、大丈夫なのだろうか……?
そして、放課後、この班で最後の掃除時間がやってきた。山下さんは、まだ先生に怒られているのか、教室には戻ってきていない。とりあえず、先に特別棟の渡り廊下に行くか。
渡り廊下に着くと、そこには金髪の少女がいた。なぜだか、その女の子はラジオ体操の動きのように背中を後ろに曲げている。そして、なぜだか、肩をビクビク動かしている。そして、近づいてみると、目からは涙が流れていた。
「山下さん、なんで、体をのけぞらせながら泣いてるの? 普通泣くんだったら、体を縮こませながら泣くんじゃないの?」
僕がそう言うと、山下さんは目に涙の膜を張りながらこちらを睨みつけていた。
「何よ!!! ……なんでかなんて知らないわよ!」
そう言うと、今度は体を縮こませながら泣くようになった。
「先生に怒られたから、泣いてるの?」
「だったら何? あんなやつ、先生でもなんでもないわよ!! 泉くんは、やたらと私に優しくするけど、なんなの? どうせ、私のこと、みんなと同じように気持ち悪いと思ってるんでしょ!! 私、わかってるんだから!!」
「気持ち悪いなんて、一度も思ったことないよ」
「嘘よ!! あなた変だわ!!」
「山下さんに言われたくないよ」
「だって、そうじゃない。私のせいで放課後に掃除をすることになったのに、嫌な顔一つしないし。みんな、先生ですら私のことを避けるのに、泉くんはそんな感じしないし。あなた、変だわ!!」
山下さんは感情的になり声を荒げていた。心のうちで溜まっていた鬱憤のような集合体が爆発しているのかもしれない。
「そうかもね。でも、なんだか、変なことをする山下さんのことが気になるんだよ。なんだか、山下さんが悪い人な気がしないし」
「嘘よ!! あなたも他の人と同じで、私の一面的なところしか見ようとしないんだわ!! クラスメイトも先生も、親も全部同じ。どうせ、みんな私のことが嫌いなのよ!! 私のことを嫌いな奴なんて、私のことを愛さない人間なんて、ムカつくわ!! みんなに迷惑かけてやるわよ!!」
「迷惑かけるのは、よくないんじゃないかな」
「うるさい!! そんな正論、聞きたいんじゃない!! どうして、お父さんもお母さんも、私のことを見てくれないの? みんな、お姉ちゃんと妹のことばかり見て。お姉ちゃんは勉強がよくできてしっかり者だから、みんなから頼られるし、妹は甘え上手でみんなのアイドル的存在だからみんなから構ってもらえるし。だったら、私の存在意義って何? 誰か、私のことを見てくれる人はいないの? 誰か、私のことを好きに、私のことを愛してくれる人はいないの?……もう、疲れた。私、疲れたのよ……」
山下さんは、そう言うと、粛々と泣き始めた。静まり返った渡り廊下には、僕ら以外に人はいない。山下さんのうなり声だけがなり響いている。
「前も聞いたけど、山下さんって、なんでいつも変なことをしているの?」
「……だから、知らないわよ!! 自分でも、何がなんだかわからないわよ!! 先生とかクラスメイトに迷惑をかけて、何がしたいのかわからないの。私は、頭が狂ってるんだよ……」
「たぶんだけど……山下さんは誰かから注目されたいんじゃないかな。誰かからの愛を感じたいんじゃないかな。だから、わざと変なことをして注目を浴びようとして、自分に存在価値を見出したいから変なことをして。それでもうまくいかないから、周りのことを嫌いになって、遠ざけて。周りのことを嫌いになるから、周りから嫌われて。それで、自分のことを嫌いになって……」
「……違う……違うよ……」
消えいるような心細い声だった。自分のプライドが邪魔をして、否定したくなくても、否定をしてしまう。そんな風に見えた。
「……私、どうすればいいと思う?」
「素直に、自分の気持ちに正直になったらいいんじゃないかな。 お父さんとお母さんに構って欲しい、愛して欲しい、って言えばいいと思う」
「そんなのダメよ。お父さんもお母さんにも、迷惑をかけたくない。それに恥ずかしいし……」
「迷惑なんて、思わないよ。自分から勝手に迷惑をかけると思い込んで、遠ざけているだけで、きっとお父さんもお母さんも山下さんのことを愛してる。人間って、ちゃんと話してみないと何を考えているか意外とわからない、僕はそう思う」
「…………。泉君って、もっとつまらない人間だと思ってた。いっつもテストで100点ばっかりとって、先生に褒められて、優等生だったからさ」
「僕だって、山下さんがそんなことを考えているなんて、思わなかったよ。やっぱり、人間って、ちゃんと話してみないとわからない、そうでしょ?」
「……そうね。そういうことにしてあげる」
山下さんは、目を細めニッコリと笑っていた。僕が初めてみる、山下さんの素の表情な気がした。
「金髪は黒髪に戻した方がいいと思うよ。先生とか、親も心配するだろうし。それに、僕は黒髪の方が似合っていたと思う」
「……ふーん、そう。じゃあ、逆に、茶髪にでもしてこようかしら」
山下さんは、やっぱり変だった。
7月1日、山下さんは登校してきた。綺麗な黒髪をたなびかせ、可憐に着席しているように見える。僕の方に目線を向け、黒髪をファさっと広げる。その時の彼女の顔は、今まで僕が見たことがないくらい綺麗な笑顔だった。
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